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第54話「仕官の条件」

 王子を名乗った青年に対して、ズーマは興味深げな目を、情報屋のヤナはまして好奇の目を向けた。エリシュカは反応しなかった。「いつか王子様が」を信じるような性格ではないのだろう。

「ミナンの第四王子だって!?」

 そして、アレスは大仰に驚いてみせた。夕食時で徐々に混雑し始めた店内の目が、何事かとアレスに向けられる。フェイは嫌な顔をした。注目を集めたくないのだろう。当の王子の方は落ち着いたものである。

「王子だからって市民のメシを邪魔する権限はないだろ。オレはこれからメシだ。栄養補給だよ。今日はほんとうに働きすぎた」

「では、お食事の後、少しお話しさせてください」

「食べたら寝る」

「お時間はかけませんので、どうか」

「ヤだね」

 アレスはそっけない。王子だからといって何でも思い通りになると思ってもらっては困る。おととい来やがれ、この美少年ヤロウ! アレスは心中でヘンテコな罵り声を上げた。それが聞こえたわけでもなかろうが、もうこれ以上は抑えられんというような顔つきで、フェイが一歩アレスに近づいた。

「おい! 殿下に向かって何ていう口の利き方だ! このクソガキ! つべこべ言わず、殿下の話を聞けばいいんだよ!」

 口から泡を飛ばす勢いでまくしたてるフェイをしり目に、アレスは、お腹一杯になって食後のお茶などすすっている少女に訊いた。

「エリシュカ。お前ならこういうヤツをどうする?」

「なぐる。うるさいから」

「気が合うな」

 アレスは席を立った。部下を見れば主は知れる。権力を笠に着て頭ごなしをやるような者を部下に持つ人間と話をしても楽しい話になるはずがない。

「おもしれえ。やれるもんならやってみろよ」

 見下すような目をするフェイのその頬に拳をめり込ませるイメージをもったアレスだったが、そのとき、ズーマとヤナがほぼ同時に席を立って、

「おい、アレス。殿下に対して何という無礼なことを。今すぐ謝れ。土下座して陳謝しろ。靴をなめさせてもらえ。もちろん、お話をお聞きするんだ」

 ズーマが言ったかと思うと、隣の席についているヤナの手が伸びてアレスの右腕をぎゅっとつかんだ。その手に込められた力はアレスの暴行を実質的に止めるに十分である。腕痛え! とアレスは顔をしかめた。ヤナも王子の話とやらに興味があるのである。

「……分かったよ。ただし、食いながらでいいか?」

 ズーマはともかく、ヤナには借りがある。アレスが王子に向かって言うと、彼はまるで初恋が成就した少年のように嬉しそうな顔を作ったあと、部下の非礼を詫びた。それを聞いたフェイは、主に謝らせておいて自分は知らん顔ということをしないくらいには大人であるらしく、仏頂面であったが、頭を下げた。

 今いるテーブルは四人座っていて既に一杯なので、アレスは隣のテーブルに移った。対面にルジェ王子が座り、フェイはその後ろに控えるように立った。

「ミナンに仕える気はありませんか?」

 ルジェは単刀直入に切り出した。

 アレスは、近くにいたセンカに、ちょっと豪華なディナーセットを頼んだ。もちろん、代金は殿下に払ってもらうつもりである。

「ミナンにっていうのは、具体的には、王にか? それとも、太子にか?」

 唐突な話にもアレスは小さな驚き一つ見せない。

 それに軽い驚きを示しながらルジェが答える。

「王に推挙するつもりです」

「条件がある」

「え……」

 ルジェは唖然とした顔を作った。

「何だよ。条件くらい付けるだろ? それとも、王子の言うことだったら誰でも喜んで尻尾を振ると思ってたのか?」

 フェイがまぶたをぴくつかせたが、アレスは無視した。

「いえ、そういうわけではなくて、こんなにあっさりと承諾してくださった方は初めてで」

 「初めて」ということは、何度かこういうことをやっているということである。ミナン王の末子が国内旅行好きというのはどこかで聞いたことのある噂であったが、単なる旅行をしているのではなさそうだと、アレスは思った。

「よく聞いてたか? それとも王族の耳は自分に不都合なことは聞こえなくなるのか? オレは条件があるって言ったんだよ」

 ルジェは慌ててうなずいた。

「ええ、もちろん聞こえていました。しかし、それは裏を返せば、条件が成就されればこちらの願いを受け入れてくれるということ。だから、嬉しかったのです」

 そう言って、心からの笑みを見せた。まるで大地の神の使いででもあるかのような清々とした微笑である。そんな笑みを見せられたら、普通の人であれば、気持ちがほんわかして、「いいことしたな」と満足することだろう。しかし、アレスはそういうカワユイ気持ちを過去の闇の中に捨て去ってきた硬派な男であった。

「ミナンの国宝にサージルスの石っていうのがあるだろ。それをくれ」

 その言い方は、通りをゆく純朴な少年をカツアゲする街の不良と大差なかったという。

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