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第53話「王子様と晩餐を」

「一年ぶりかあ。確かこの前会ったのは、港町のコーワンだったよなあ?」

「相変わらず、賞金稼ぎをしてんのか?」

「奥さんのジェーンは元気?」

 矢継ぎ早のアレスの言葉に茶髪の青年は戸惑った顔である。もちろん、彼はスティーブなどではない。というか、そもそもスティーブなどという知り合いはアレスにはいない。全くの口から出まかせである。しかし、効果はあったようだ。

 ヤナは小さく肩をすくめると、カウンターに現れたサカグチ氏に宿泊の手続きを取らせた。白けたのである。一方、センカもいつの間にか握りしめていた拳をゆるめると、顔から緊張の色を消して、営業用スマイルを作った。

「後で事情を訊かせてね?」 

 センカが言う。事情も何もこの件に関してはアレスは部外者である。もう巻き込まれたくないと思ったアレスだったが、苛立ちを隠すため笑顔をまとったセンカにそう告げる勇気は無かった。

 宿泊手続きが済むとヤナは三人の横を通り過ぎて、エリシュカとズーマのテーブルへと向かった。通り過ぎざまにセンカにガンをつけるなどということをしないくらいの分別はあった。

「お騒がせして、あと、彼が変なこと言ってすみません、フェイさん。この人がアレスです」

 センカは茶髪の青年に向かって丁寧な口調で言った。そのあと、アレスに、

「昼過ぎ頃からずっとあなたの帰りをお待ちだったのよ」

 とフェイのことを紹介する。センカは、フェイに軽く一礼すると、その場を離れた。

 茶髪の青年は穴のあくほどじっとアレスを見つめた。男に熱烈な視線を送られても何も嬉しくないアレスは、

「オレに何の用、スティーブ?」

 訊き返した。

「お前がアレス、本当に?」

「だったら?」

「ほんとにただのガキだな」

 初対面のあいさつとしては中々礼儀正しいことである。さきほど利用させてもらった手前もあるので一回は許してやろうと鷹揚に構えかけたアレスだったが、面倒くさくなったのでやっぱりやめた。

「あの、もしかして、もう一人のアレスと間違えてるんじゃない?」

「もう一人?」

「今この宿にアレスっていう名前の男がオレの他に泊まってるんだよ。オレと同い年くらいで、でも、眼光の鋭い猛禽のような男がさ。確かヴァレンス生まれだって言ってたなあ」

 そう言ってアレスは男のそばを通り過ぎて、連れがついているテーブルに向かった。ズーマはしずしずとエリシュカはもふもふと、パンや粒状の穀物をスープに浸したような料理を食べていた。ヤナはまだ興奮の余韻の中にあるのか、憮然とした表情で長い足を組んでいた。椅子についたアレスはパンに手を伸ばした。途端に、ぴしゃり、とした音が立つ。

「何だよ、ケチケチすんなよ、エリシュカ」

 アレスの手を叩いた少女は、ふん、と鼻を鳴らすと、パンが乗った皿を自分の元へと引き寄せた。

「何かさっきから機嫌悪いな。オレはキミの父親じゃないぞ。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれないと分からない」

「アホ」

「それが言いたいことか?」

 しかし、それきりエリシュカはパンに集中する振りをした。パンをちぎっては口にちぎっては口に繰り返す。女の子に理を説いてもほとんど効果は無い上、それが怒っている女の子であればなおさらである。アレスは大いなる時の力に彼女を委ねることにした。お腹がいっぱいになってぐっすりと眠り、明日になれば機嫌も良くなるだろう。

 早く食事を持ってきてくれないかなあ、とぐうぐう鳴り始めたお腹を押さえながら首を回すと、スティーブがテーブルに近づいてくるのが見えた。おそらくセンカにでも訊きに言って、アレスが言ったことが全くの嘘だということを知ったのだろう。不機嫌な顔をしている。

 その後ろにいる人影を見た瞬間、アレスはハッとした。そうして、ズーマの言う通り、確かに自分は美少女に縁があるということを認めた。金色の髪をした、春の光のような清々しい美貌をまとった少女である。アレスは自分の旅が終わりを告げたことを知った。彼の旅は実にしばしば終わりを迎えるのである。そうして、

「先ほどは連れが失礼を申しました。お詫びいたします」

 終わりを迎えるのと同じくらい始まりを告げるのであった。

 少女だと思っていたら男の声。金髪の青年は、スティーブより前に出ると軽く頭を下げた。それとともに、スティーブも嫌々ながら頭を下げる。傷心を抱えたアレスは、「それで?」と先を促した。

「お話したいことがあるのです」

 頭を上げた美少年が言う。アレスは美少女は好きだが、美少年は好きではない。それどころか嫌いである。自然、応対も冷たくなろうというものだ。

「オレにはない。じゃあ、さよなら」

 思わずスティーブが身を前に乗り出そうとしたのを、金髪の青年が止める。それから、

「申し遅れました。ボクはここミナンの第四王子、ルジェと申します」

 力みのない綺麗な声を出した。 

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