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第51話「センカVSヤナ」

 天馬の看板が、一日の終わりごろになってようやく吹き始めてくれた涼風にゆらゆらしているのが、遠目に分かるところでヤナが足を止めた。

「お前が泊まってるところって、『(くろがね)の天馬』亭なのか?」

「それがどうかしたか? 看板娘が可愛いからそこにしたんだけど」

 アレスも足を止めて答える。

「それ、センカのことだよな」

「知り合い?」

「別に親しいわけじゃない。前にちょっとな」

「ちょっと、何だよ?」

「トラブッたんだよ。ウチの手下の一人が路上でセンカをナンパして、それで投げ飛ばされた」

 ありそうな話である。しかし、アレスはきょとんとした顔を作ってみせた。それから、

「センカがあの強面(こわもて)の一人を投げ飛ばした? あんな可憐な子がそんなことできるわけないだろ。ヤナじゃないんだから」

 悪ノリした。

 ヤナはムッとした顔を作ったが、それよりも話の先を続けたいと思ったのか、

「あの外見に騙されるとひどい目にあうぞ。お前も気を付けた方がいい。……それで、そのとき偶然通りかかったあたしが部下をやられたお返しをしようと思ったんだが――」

 そこまで言うと、いまいましげに唇を噛んだ。

 面白い展開である。にやにやを押し隠したアレスが真面目な顔で先を促すと、

「こっちの攻撃は当たらない上に、あやうく投げ飛ばされるところだった」

 苦いものを吐き出すような口調でヤナが返す。

 アレスは感心した。ダメージは受けなかったとはいえ綺麗に宙を飛んでしまった自分より、ヤナの方がよほど立派である。

「でも、本気でやったわけじゃないんだろ?」

「一応、顔と急所は避けたけど、それにしても同い年くらいの女に攻撃を避けられたのは結構なショックだ。結局、警邏中の自警団が来て、面倒なことになる前にその場を離れたんで、決着はつかなかったけど。一回つかまれたからな。実質、あたしの負けだ」

 ヤナは肩を落としたが、センカ相手に顔と急所を避けて攻撃していては勝ち目は無いのは当然である。

 アレスはもやもやと二人のバトルシーンを想像してみた。

 対峙する二人。センカは新来の敵が、今しがた地面とキスさせてやった男とは格が違うことを知る。数歩先から、残像を残して消えるヤナ。自分のすぐ横から殺気を感じたセンカはヤナの拳をかわしざまにつかみにいく。ヤナのステップバック。一瞬で、センカの間合いの外に出る。どうやらスピードでは相手に分があるようである。それを知ったセンカは、スマートな方法をやめることにする。すなわち、一、二発攻撃をもらってもつかみにいくことに決めたのだ。攻撃した瞬間、相手の動きが止まる。それをつかむ。つかみさえすれば彼女の土俵。

 目を光らせるセンカに戦慄を覚えるヤナ。相手が、「肉を切らせて骨を断つ」的なことを考えていることが何となく分かる。肉だけではなく肉ごと骨を切って、センカから反撃の力をなくすためには、必殺ブローを体の急所部分にお見舞いする必要がある。しかし、さすがにそれは禁じ手、一般人の少女に使って良いようなものではない。

 逡巡するヤナの隙をついてセンカが迫る。はっとした時にはもう手遅れである。片腕の手首を取られている。腕を巻きこむようにして投げにくるセンカの投げを間一髪でかわしたヤナは、渾身の力で相手の手を離すようにする。

 距離を取って、再び睨みあう二人。

 そこに現れる自警団。ヤナは手下とともにその場をあとにする。黒髪の少女の顔を胸に刻んで。

「お前、何を笑ってんだよ?」

 どうやら笑みが漏れていたらしい。ヤナの訝しがるような目に、アレスはぐっと奥歯に力を入れて顔を引き締めた。

「後で調べてみたら、道場で師範クラスの腕前らしい。というか、実際、道場主より強いんじゃないかとも言われている。あたしもそう思う。同い年くらいのヤツからあんな圧迫感を受けたのは初めてだ。ちなみにお前が二人目だけどな」

「おいおい、オレは勇者だぞ。あのお淑やかなセンカちゃんが勇者レベルの格闘家だなんて、笑えない冗談だ」

「試しにあの子に今日の下着の色でも聞いてみろ。あたしの言ってることが、冗談じゃなかったことが分かる。勇者の旅はそこで終わるかもしれないけどな」

 そんな恐ろしいことはもちろんご免であるが、口ではヤナの提案に興味を引かれた振りをしておいた。

「それからどうしたんだよ。リターンマッチでもしたのか?」

「あたしはその辺のチンピラじゃない。その件はそれでしまいだ。それが二カ月前の話で、以来、センカには会ってない」

「やり返す気もない?」

「当たり前だ。喧嘩ってのはネチネチ続けるもんじゃない」

「じゃあ、別に問題無いだろ。それとも、前にやり合った相手だから気まずいのか? 意外と可愛いトコあるな」

「バカ。そんなんじゃない。こっちにその気はなくても、あっちにはあるかもしれないだろ。それを恐れてるんだよ。だから……」

「だから?」

「もしそうなりそうだったら、お前が間に入ってくれ」

 アレスは、へーい、と適当な返事をしたが、そのあとふと恐ろしくなった。間に入るということは、センカの攻撃を身に受けるということである。あの鋭い投げをもう一度避けられるかと思うと自信は無い。急に天馬の看板から遠ざかりたくなったアレスだったが、「さあ、先を歩けよ」というヤナの言葉に促され、足を進めるほか無かった。

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