第49話「新たな連れ」
「スミマセンでした! 調子に乗ってました!」
二つの頭が綺麗に下げられる。
それを見下ろす目は鋼のように厳しく冷たい。
「二度とするな。次は無い」
ヤナが胸の前で両腕を組んでいる。
危ないところだった。
二人の子どものからかいに乗って小さな暴風と化そうとしたヤナを室内にいた男たちが総出で止めた。ヤナの口から出た死の宣告はアレスに向けてのものだったが、少女の目は二人に平等に注がれていた。男たちは狼狽して、必死の想いでかき口説いた。
「仮にも父親を殴るというのは子としていかがなものでしょうか」
「長がいなくなったら、イードリ支部は立ちゆきません」
「長はお嬢に構ってもらいたいだけなんですよ。本気にしてはいけません」
聞きながらアレスは、隣の中年男がいかに慕われているかということが分かり、羨ましく思った。というのも、アレスに向けられたのは、
「いっそ殺してしまえばよかろう。手を貸すか、ヤナ嬢?」
とか、
「うん、死ねばいい」
などという情け容赦のない言葉だったからである。
男たちがアレスと長の前に立って、障壁と化したことで、ヤナは怒気を治めざるを得なかった。無関係の部下たちを押しのけて、二人に迫るわけにもいかないからである。男たちの慌てようから、乙女の逆鱗に触れてしまったことを知った二人は頭を下げたのだった。
「さて、父と娘の心温まる交流が終わったところで本題に入るか」
長はもう一度、肘掛椅子にゆったりと腰かけると、おもむろに口を開いた。悠揚とした所作には、重厚な雰囲気が漂い、地下組織のリーダーにふさわしい威厳が現れた。さっきまでのダメおやじぶりとは雲泥の差である。
「金はない」
アレスは結論から述べた。
「これから入る予定も特にない」
長は首を横に振った。
「金の話はいい。情報屋協会に後払いは無い。金を受け取ってないのに組織を動かしたってことは、ヤナが私用で動かしたということに等しい。今回の件の情報料はヤナの給料からさっぴいておいた」
ヤナは顔を少ししかめはしたが、長の決定については口を挟まなかった。
「それは困るな。デートのときに女に金を出させるなっていうのは、うちの隣に住んでいたおっさんの口癖なんだ」
「それじゃ他人だろ、無視しろ」
「金の話じゃないとしたら、何の話だ?」
「聞いたところによると、お前、ヴァレンスのアレスだそうだな」
「…………」
「現在のヴァレンスの情勢について教えてもらいたい。新たに王位につく王女の人となり、家臣についてなど色々とな。さすがに王家の情勢まではなかなか情報が手に入らない。お前の言い値で買おう」
アレスはニヤリと笑うと、
「おっさん、あんた情報屋協会のトップにしては頭が回らないな。もしも、オレがヴァレンスのアレスだとしたら故国の情報を他国の人間に売るわけない。そうすると、オレの口からヴァレンスの情報が出たとしたら、オレはヴァレンス生まれじゃないってことになる。違うか? それとも今のはオレを試したのか?」
回転の鋭いところを見せた。
長は唇の端に笑みをのせた。
「なるほど、本物か。仮にそうでないとしても、なかなかの男だ。気に入った」
「おっさんに気に入られても嬉しくない」
「そのおっさんが美少女の父親だとしてもか?」
「あんた自慢の娘は確かに綺麗だけど、強すぎるのが玉に瑕だ」
「勇者アレスからすれば可愛いもんだろ」
アレスは肩をすくめると、すぐそばにいたヤナに「金は必ず払う」と言ってから、エリシュカとズーマを促した。話が無いのならこれ以上はここに留まる意味は無い。ヤナには悪いことをしたが、とりあえずできることもないのであれば、宿へと帰るのみである。反射的に戸への道を塞ごうと二人の男が立ちはだかろうとしたが、「やめろ」という長の重々しい声に動きを止めた。三人は、戸から外へと出た。大分、ゆるやかになった日が、しかしそれでも肌をひりひりさせる熱をもっていた。
「エリシュカじゃないけど、腹減ったなあ」
アレスが伸びをしながら言った。今日は、後先考えない子どものように、はしゃぎ過ぎた。
「それもこれもキミのせいだぞ、エリシュカ」
アレスの言葉を無視して、少女は通りをずんずんと歩いていく。アレスはズーマと目を合わせた。ズーマは秀麗な面をニヤつかせている。アレスは足を速めると、エリシュカを追いかけて彼女の肩をつかんだ。
「おい、エリシュカ」
「離して」
「離すのはいいけど、帰り道はそっちじゃない」
エリシュカはくるりと方向転換すると、元の場所まで戻り、ズーマに案内を頼んだ。
「いくら腹減ってるからって、そういう態度は無いだろ」
ひとり除け者にされるような格好を取られたアレスが、豊かな白髪に声を投げたとき、情報屋協会の建物から少女が現れた。ヤナである。
「金を返してもらうまでお前に同行させてもらう」
「信用無いな」
「お前の人柄は信用してる。しかし、それとこれとは別のことだ」
ヤナが明るい声を出した。
それを近くで聞いていたエリシュカは、ズーマを伴って、先ほどよりも速いスピードで歩きだした。