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第48話「お父様にご挨拶」

 娘の暴言とも言えぬ暴言に、父はショックを受けた顔をして後ずさると、ボフと肘掛椅子のクッションを揺らした。それから座ったままがっくりと肩を落とし、俯かせた顔を両手で覆った。

 アレスは、肘先で隣の少女をつついた。

 ヤナは後悔の表情を浮かべている。父に暴言を吐いてしまったことに対してではなく、事態がいっそう面倒になったことへの後悔であろうとアレスは推測した。

 時が止まったかのような静寂である。

 ヤナが動かない以上、でしゃばりは控えたいアレスだったが、とはいえ、このまま娘を溺愛しているバカ親のペースに巻き込まれたままというのもうまくない。

 アレスは一歩前に出た。ハッとしたような顔で止めようとしてくるヤナに、力強くうなずいて、「オレに任せろ」的な意志を伝えると、少女の手を自分の腕から離させてコホンと咳払いをした。

「はじめまして、お父さん」

 長の肩がびくりと震えた。 

「自己紹介が遅れました。アレスといいます。ヤナさんとは三カ月前に知り合いました。ぼくがタチの悪い山賊にからまれているところを助けてくれたんです。ぼくの一目ぼれでした。それからお付き合いさせてもらっています。もっと早くにご挨拶にうかがうべきだったんですが、すみません、ぼくが尻込みしてしまって。でも、ぼくはヤナさんのことは本気です」

 アレスはぞっとするような殺気を感じた。殺気は前からではない。後から吹き上がっている。背中に目がついているわけではなかったが、そのとき確かにアレスには、ヤナが拳を強く握りしめて奥歯を噛んでいる姿が見えた。

「ヤナ嬢。これがアレスだ」

 ズーマのささやくような声が聞こえた。

 長は、がばりと顔を上げた。悟りを開いたかのようなさっぱりとした顔である。

「アレスくんと言ったか、君、年は?」

「十五です」

「ヤナの方が年上か」

「年上好きです」

「うむ。気が合うな。生まれはこの国なのか?」

「いえ、ここより東です」

「仕事は何をしているんだ?」

「勇者を少々」

「勇者? あまり聞かん仕事だが、それは?」

「悪者を倒し世の中を平和にする仕事ですね」

「立派な仕事だ」

「いえ、なりゆきでそうなっただけです。それに、基本、ボランティアなんで金にはなりません。ハイリスク・ローリターンなので、ヤナさんと暮らしていくためには仕事を変える必要を感じています」

「情報屋に興味は?」

「大いにあります。ぼくは勇者になる前は情報屋になりたかったんです。小さい頃は、よく情報屋ごっこをして遊んだものです。なつかしいなあ、隣のお姉さんのことを知るために、ずっと彼女のあとにくっついていた日々が」

「ますます気が合いそうだ。君、ヤナのことは本当に本気なんだろうな」

「後ろにいる友人の命を賭けます」

「気に入った!」

 長はぴしゃりと膝を打つと、肘掛椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がった。アレスに、しゅっと手を差し出す。アレスはその手をがしっと握った。

「息子よ!」

「お父さん!」

 長は、アレスの手を握ったまま辺りを見回すと、強面の手下たちに向かって、「酒の用意だ!」と上機嫌の声を投げた。

「いや、めでたい。ヤナの婿が決まるとはな。実際、冷や冷やしていたんだ。ヤナには全く男っ気がないからなあ。まあ、どうしても偉大な父と比べてしまって、他の男がつまらなく思えるんで仕方なかろうがな」

「それだけですか、お父さん。本当はヤナさんに言い寄る虫を影で追い払って来たんじゃないですか?」

「ハハハ、いや、わたしは心からその役をやりたかったんだ。『うちの娘に近づくとは良い度胸だな、小僧!』みたいな。ところが、十五を過ぎ、十六を過ぎ、十七になってもそういう気配が無いんでな。これはヤバいと思い始めた。厳しい親父を演じるどころではないと。実際、知り合いにちょっとずつ娘のアピールをし始めたところなのだ、この頃」

「結構な美人ですけどね」

「問題は性格だな。君は大丈夫なのか? それとも恋人の前では猫かぶってるのか?」

「いえいえ、大の男を豪快に殴り飛ばしてくれたりしてますよ」

「またそんなことを。平気か、アレスくん?」

「ぼくは大人しやかな子って苦手なんです。一本背負いが得意だったり、剣を扱えたりする子がタイプなんで」

「変わった趣味だな」

「よく言われます」

「なんにせよ、めでたい」

 長が満足げな笑い声を上げるのに合わせて、アレスも声を上げて笑った。

 しばらく朗らかな笑声が室内を満たした。

 ゴン! 

 唐突に轟音が響き部屋が揺れた。天井から埃がふわふわと落ちて、午後の光の中を泳ぐ。

 ついで後ろから、

「ズーマ。相棒が殺されたくなかったら、あたしを止めたほうがいい」

 少女の声がする。振り返ったアレスの目に、憤怒で顔を赤くした少女が拳を壁に押し付けている姿が映った。

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