第4話「好みの方を助けよう」
新たな客は夕日を前から浴びながら坂を下って来た。
若い女である。
ゴージャスなラインの体を見せつけるようなぴったりとした服を着ていた。上は襟ぐりが大きく、下も申し訳程度に腰の部分を覆っているばかりで露出度がかなり高い。町の繁華街にでも行けば、道行く男性の視線を集めること必死である。
「おい、ズーマ。あれがお前の新パートナーか?」
「なに?」
「金髪だぞ。お前さっき、金髪美女とタッグを組みたいって言ってただろ。まあ、清楚っていう感じじゃなさそうだけど、あんまり贅沢言うなよな」
「金が入る当てができたら、厄介払いとは。お前の腹黒さには魔王もびっくりだろうな。こいつらの報奨金が入って豪遊するまでは絶対にお前と離れん。もし金を持って逃げたら、地獄の果てまで追いかけて、そのあと地獄の底に叩き落としてやるからそう思え。警告はこれ一回しかしないぞ。よく覚えておけ」
「おいおい、軽いジョークだろ」
「お前の冗談は全く面白くない。もういっそ本心を話すときの他は黙っていてくれ」
二人が軽口をたたき合っているうちに、女は少し離れた位置で立ちどまった。
丹念に引かれたルージュの唇が笑みの形を作る。
「気配を消す術っていうのは、あんまり得意じゃないんだけど。でも、簡単に見破られるのはやっぱりショックだわ」
口調に大したショックは現れていないが、表情は残念そうである。
アレスは油断なく剣を構えながら言った。
「あんたもローリング・ソバット山賊団の一員か?」
「……もしかして、ロート・ブラッドのこと?」
「そう。それ」
「あたしは違うわ。まさか。そんなわけないでしょ」
何がそんなわけないのかは分からないが、女はぷらぷらと軽く手を振って否定すると、辺りを見回してみせた。そのあと、感嘆したような口ぶりで、
「それにしても、凄いわね、ボウヤ。見てたけどさ、簡単に十人の山賊を倒すなんて……」
言った。アレスはむっとした。ボウヤ呼ばわりが気に障ったのである。それが気に障るのがボウヤだということはアレスには分からない。
「……にしても、ちょっと情けないわあ。囲んで一気に斬りかかればどうにかなったかもしれないのに。まあ、そこまで期待するのは無理かあ。所詮ド田舎の山賊団なんかにはさ」
女はぶつぶつとひとりごちたあと、
「ねえ、どう思う?」
とアレスに感想を求めてきた。
「どうも思わない。それで、あんたはこいつらの仲間じゃなくても、関係はあるんだな?」
「それはあなたには関係ないでしょ。ボウヤ」
アレスは顔をしかめた。
女の目におかしそうな笑みが昇った。
「ああ、ごめんなさい。でも、悪い意味で取らないでね。つまり、可愛いって言ってるだけなんだから。とにかくさ、その子を渡してくれる?」
アレスはやられっぱなしで引きさがるような男ではない。女に何か言われたくらいのこと、受け流せば良さそうなものだが、彼はそんなことはしない。つまり、全然男らしくない少年なのである。
「事情を聞かせて欲しいね、おばさん」
やり返したアレス。女が眉のあたりをぴくぴくさせるのが見えた。彼は満足した。
「おばさん、ですって?」
「悪い意味に取らないでくれ。つまり、化粧がケバいって言ってるだけだから」
「いい意味にはならんだろ」
横からズーマが口を挟んだ。白髪の少女のそばでひざをついたままの恰好で新手に対して顔を向ける。
「それで、レディ。どういう事情かな、これは?」
ケバいおばさんに比べれば格段に好感の持てる呼びかけられ方に、女は気を取り直したような表情になった。
「家出娘を連れ帰ろうとしているだけよ」
「なるほど。あんたや、こんなおっさん連が家族だったら、そりゃ逃げたくもなるわ」
アレスはしみじみ言った。もちろん、女の説明は毛ほども信じていない。アレスは女の方を見ながら、後ろにいる相棒に尋ねた。
「ズーマ、このおばさんも賞金首か?」
「さあな。見覚えは無いが、わたしも全ての首を覚えているわけではないからな」
女は肩をすぎる辺りまで伸ばされた癖のある金髪を払うと、心外そうに言った。
「やーねえ、こんなに綺麗な、お・ね・え・さ・んが賞金首のわけないでしょう」
「どうする、ズーマ?」
「二人の人間が争っているとき、どちらかが女だったらそちらを助ければいい、というのは前に言った通りだ」
「どっちも女だったら?」
「好みのタイプの方を助けろ」
アレスの頭の中で、結論はすぐに出た。