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第45話「おうちへ帰ろう」

 爽やかな風が出て、草木の緑を揺らした。

 アレスは自分の胸の辺りから、はわはわ、という小さなあくびが上がるのを聞いて、

「お腹空きすぎたから寝る。着いたら起こしてね」

 次いで柔らかな重みを感じた。

 エリシュカは、アレスの腕の中で寝息を立て始めた。

 ついさっきまで死にかけていた子とは思われないその悠々とした所作に、アレスは感心を通り越して、もう呆れるほかなかった。もし自分がギリギリのところで助かったとしたら、もっと命があったことに感謝するだろうし、その幸運に逆に恐ろしくなったりするだろう。なのに、彼女ときたら、生きられるということに大した感動を覚えていないように見える。もしかしたら、それだけ死というものが身近だったのだろうか。彼女にとっては、死は怖がったり(おそ)れたりする対象ではないのかもしれない。

「張り合いのないヤツだなあ」 

 ただ、それでも彼女が死なずにいて今すやすやと子どものように眠っているのを見ていると、心底からホッとするものを覚えて、そんな自分をアレスはどうしようもないアホだと思うのだった。思いはするのだが仕方ない。これはもう(さが)だと思って諦めるしかないだろう。ちなみに、自分で自分のことをアホだと言うのは良いが、誰かに言われたら鉄拳制裁することは言うまでもない。

「いちゃいちゃはひとまず終わったみたいだな」

 隣を歩く馬の上から声をかけてきたのはヤナである。

 アレスはすかさず突っ込んだ。

「あんたも十分いちゃついてるように見えるけどな」

 というのも、ヤナの後ろにはズーマが乗っていて手綱を取っているからだった。ちょうど、アレスとエリシュカと同じような体勢になっている。

「……ビジネスの話だ」

 冷たい声で言うヤナだったが、言う前にちょっと間があったところに意外な可愛さが垣間見える。 

「情報料か。ズーマを一生こき使っていいってことでどうだ?」

「基本的に現金か貴金属しか受け取らないことになってる」

「困ったなあ。研究所に戻って、ロートのやつらを引き渡してもらうか」

「まだいればの話だろ。それにお前一人の手には余るし、かと言って、公の研究所内に自警団が踏み込むとは思えない」

「じゃあ、この辺の非合法組織を教えてくれ。いくつか潰してくる。そいつらの懸賞金をやるよ」

「今回の情報料を払ってないのに、次の情報を教えられるわけないだろ」

「八方塞がりだなあ」

 言葉だけである。アレスは全然困ってなかった。持たない者の強み。無い袖は触れぬ。

「支払いを待ってもらうわけにはいかないか?」

「情報屋協会は前払いが普通だ。後払いにしてやっただけでも異例なんだぞ」

「そう言われてもなあ」

 ヤナはため息をついた。

「とりあえずイードリに戻ったら協会に寄ってもらうぞ。長の判断を仰ぐ」

「ひどい目に合わされるのか、オレ?」

 余裕ある顔をしているアレスに、ヤナは憎々しげな目を向けた。

「ひどい目に合うとしたら、お前じゃない。あたしだ」

 そのときである。

 前方の丘に小さな黒い影が見えたかと思うと、凄い勢いで輪郭がくっきりとして、やがて二頭の馬になった。それぞれ、体格のいい男が乗って、猛スピードでこちらに向かってきている。警戒したアレスは馬を止めた。同じく馬を止めたヤナが眉をひそめながらも、「手下だ」と敵ではないことを請け合ったが、アレスは警戒を解かなかった。彼らは彼女の仲間であって、アレスの仲間ではない。

「ズーマ!」

 呼びかけられるまでもなく、銀髪の青年はふわりと宙を舞って、これまで二人分の重量に苦しめられていた馬を楽にしてやると、アレスの馬の隣に立った。

「たまにはお前に活躍させてやるよ、ズーマ」

「ありがたくて涙が出る」

「おい、何言ってんだ、お前ら。いきなり襲いかかったりするなよ」

 何度かアレスのやり方を目にしたヤナは慌てて注意した。

「そりゃ、向こう次第だ」

 ヤナは舌打ちすると、二人が速度を落として近づいてきたとき、少し離れたところから、止まるように声をかけた。このまま不用意に近づいてくると、彼らがどんな目にあうか分からない。二人は、戸惑ったような顔でなお馬の足を進めようとしてきたが、

「いいから止まれ、バカ!」

 ヤナのいらついたような声に馬を止めて、地に降りた。

「ご無事でしたか、お嬢」

 男の一人が強面をゆるめると、安堵したような声を上げた。

「無事に決まってるだろ、あたしを誰だと思ってる。お前ら、もしかして心配で後からついてきたのか。あたしはやっとよちよち歩きをし始めた赤ん坊か、バカタレ」

「いえ、銀髪の男が魔導士でお嬢のところに行くと言って呪文で姿を消したので、お嬢にもしものことがあったらと思ったんです」

 男は大きな体を縮ませるようにしてそう言ったあと、ズーマに憎悪の視線を注いだ。

 ヤナは、そんな男たちに対して眉を吊り上げるようにしていたが、少しして笑みを見せた。

「あたしの徳も底が知れるな。お前たち二人しか来てくれないなんて」

「いえ、あとからまだ来ます。オレたちが一足先に着いただけです。支部のやつらで手が空いているやつ、空いてないやつは手を空かせて来させてますんで」

 ヤナは自分の頬をぺち、と叩くと、不意に哄笑した。何だかやけっぱちのような笑い方である。

 目を向けたアレスに、

「あたしのせいでイードリの情報屋協会が今からっぽになってるってことだ。長の……親父の激怒する顔が目の前に浮かぶよ」

 長嘆息する少女の姿が映っていた。

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