第43話「みたび目覚めのとき」
目を覚ますと光が明るかった。どうやら死後の世界というのは良い所らしい。目前には緑の平原が広がって、可愛らしい鳥の声なんかも聞こえる。エリシュカはほっと息をついた。生前に良いことをすると、死んだあとに良い報いを受けられるというのは本当だったらしい。善行を積んでいたことを大地の神に認められて、エリシュカは満足した。
それにしても――。
何だかさっきから体が一定のリズムで揺れるような気がするのは、どうしてだろうか。また、そう言えば、いつもよりも何だか目線が高い位置にあるような気がする。死後の世界では背が伸びるという話は聞いたことがない。も一つおまけに、押しあてた後頭部にしなやかさを感じて、どうやら何かにもたれかかっているようであるのが分かる。
「起きたか?」
上から唐突に声が降ってきて、エリシュカはギョッとした。
ゆっくりと上向くと、どこかで見覚えのある顔である。
黒髪黒目の少年。心配そうな表情をしていたが、それはすぐに面白そうな、若干皮肉げな表情に取って代わられた。
エリシュカはしばし、じいっと彼の顔を覗き込んでいた。生きていたときの最後の日に出会った少年に似ているということに気がつくまで、たっぷり十秒ほどかかった。
「何だよ。あまりにカッコ良すぎて、見惚れてんのか?」
カルい口調で語られるそのしょうもない発言に、エリシュカは確信した。
「アレス」
「おお、やっと目覚めたか、我が妻よ」
エリシュカは首を巡らせた。そうして、どうやら自分が馬に乗せられているらしいということが分かった。後ろにいる少年が手綱を取って、彼に抱かれるような格好になっている。隣を見ると、もう一頭馬が歩き、青年と少女が同じようにして馬に乗っている。
「ここ、どこ。もしかして、わたし、死んでないの?」
「キミが死んでたら、死んだキミと話をしているオレも死んでないといけないことになるだろ。ヤだね、そんなの。今はイードリに帰ってるトコだよ」
エリシュカはため息をついた。どうやら生き残ってしまったらしい。しかし、どのみち死ぬことは決まっているわけである。あと、一日か二日か、もっとあるにしても長いことは無いのだ。まあ良い。アレスにはちゃんとお別れの言葉を言ってもいい。色々助けてもらったわけだし、感謝するにやぶさかではない。エリシュカは顔をアレスに向けた。
「アレス、助けてくれてありがとう。あと、あのときザビルと一緒に帰ってごめんなさい。いったんはあなたの力を借りようと思ったんだけど、ザビルと一緒に帰ったほうが早く帰れると思って。その誘惑に負けたの。結局、早く帰っても間に合わなかったんだけど。でも、来てくれて嬉しい。あなたみたいなお人好し見たことない。そのうち誰かに騙されると思うけど、めげずにがんばって。特に女の子に気をつけて。気をつけてもムダかもしれないけど」
「……なんか後半悪口になってるけど、まあ、言いたいことは分かった」
「よかった」
「でも、誤解してるぞ、エリシュカ」
「何を?」
「キミ、まだ死なないよ」
エリシュカは首を横に振った。自分の体のことは自分が一番よく分かっている。こんなに体にエネルギーがみなぎっているのは死に近いからに違いない。
「……あれ?」
エリシュカはひじを動かした。ぐほっ、という小さなうめき声が後ろから聞こえた。
「いきなり何すんだよ?」肘打ちをくらったアレスが言う。
「動く」
「何が?」
「からだ」
エリシュカは馬上でくるりと器用に体を回して、アレスと向かい合わせになった。そのまま、警戒しているアレスにがばっとくっついてみる。
「お、おい!」
抗議の声を上げるアレスに構わずに、彼の背中に回した両腕をぎゅうっと締め付けてみる。腕は問題なく動くようだった。
「どういうこと?」
ひっついたままの状態で顔を上に向けると、アレスは視線を合わせないように横を向いていた。ちょっと首筋が赤らんでいるのは、日に当たり過ぎたせいなのだろうか。
「ねえ!」
「離れろ」
「どうやって? ここは馬の上。離れたいなら、そっちが馬から降りれば」
先ほど気がつくべきだったが、そう言えば舌もよく回る。瀕死にしては回り過ぎるほどである。
「答えて!」
「だから、キミは当分死なないってこと。少なくとも、二三日ってことは無い……らしい。最低でも半年は持つんだってさ」
アレスは視線をエリシュカに合わせると、進行方向を向くように警告した。
「頭突きされたくなかったらな」
「何で頭突き?」
「そこにキミの頭があるからだ」
エリシュカはアレスから手を離すと、もう一度馬上で体を回した。それからアレスにもたれかかるようにして、手を動かすと彼の頬をぴたぴたした。
「ズーマがキミに呪文をかけた。その呪文によって半年はキミの体は持つ。しかも、元気に動き回れる状態でな。ただし、半年だけだ。半年かそこらした後、キミは死ぬ。でも、希望はある。魔法の道具があれば、完治させることができる」
エリシュカはアレスの頬をつねった。
「いて。何すんだよ」
どうやら夢ではないらしかった。