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第42話「魂を喰らう魔剣」

 アレスの抜いた剣の刀身は鈍い赤色だった。錆びているような色である。刀身の中央には、今はもう使われていない象形文字が刻みこまれていて、魔法剣であることを窺わせた。

「何をするつもりだ、アレス?」

 剣先をエリシュカに向けたアレスにズーマが訊いた。

 エリシュカは話し疲れたのか、気だるい目をしている。

「お前がやらないなら、オレがやるしかないだろ」

「治癒の呪文をかけるつもりか。やめておけ、お前の力では無理だ」

「オレの力では無理でも、こいつの力を借りればどうにかなるかもしれない」

「死病を癒すというのはそんなに簡単なものではない」

「簡単かどうかは、やってみてから決めるさ」

「魂をもっていかれるぞ」

「大げさなこと言うなよ。魔力をいくらかなくすだけだろ」

「その『いくらか』のせいで一年経った今でも体がうまく動かないのだろう。そんな状態で使えば、今度はどんな障害が出るか分からんぞ」

「知ったことか」

 少し離れたところで二人の会話を聞いていたヤナは首を捻った。体がうまく動かない、とはどういうことだろうか。これまで行動を共にしてきて、うまく動かないどころか、アレスは人並み以上に動いていた。

「お前はこれからもそうやって生きていくつもりか?」

 ズーマが言った。

 アレスは肩をすくめた。

「これからのことなんか分かるか。オレは今ここに生きてるだけだ」

 エリシュカが弱々しい目でアレスを見上げていた。あんなに小生意気だった少女が見る影もなく静かになっている。それだけで、アレスには十分だった。

「エリシュカ。これからキミにこの剣を通して呪文をかける。成功すれば病気は治る。うまくいくことを願っててくれ。そして、もしうまくいかなかったら笑って許してくれ」

「……アレス」

「何だよ?」

「……もう、わたしに構わないで」

 アレスの答えは早く明確だった。

「いやだね。キミの言うことを聞いてやる義理はないよ」

 それから、柄を握る手に力を込めると、ふうと息をついて、意識を集中した。

 いざ呪文を唱え始めようとしたそのときに肩に手が乗せられるのを感じて、アレスは後ろを向いた。

「仕方のないヤツだな。聖剣をしまえ。わたしがやる」

「何が聖剣だよ。どっちかっていうと魔剣だろ」

「いいからしまえ。わたしが呪文をかける」

「急になんだよ」

「失敗して魔力を失うだけのお前を見るに忍びないくらいの情はあるということだ」

「気持ち悪いな。何をたくらんでる?」

 ズーマは、剣を背の鞘に納めたアレスと反対側に回り、膝をつくと、エリシュカの体に両手を向けた。

「リシュ嬢。恨むなら、アレスを恨んでくれ。全てこいつが悪い。わたしは無理矢理剣で脅されてやむをえずこういうことをしなくてはならないのだ」

 ズーマは前置きしてから、呪文を唱え始めた。

「『大地の神への祈り、鋤をもて水に及ぼし、()つきの手鈴を振りて、病魔を払わん……治り(いや)せ!』」

 男にしては繊細なズーマの手が両方とも光を発した。その両の手がエリシュカの肩に触れる。直に肩に触れるためにワンピースの襟ぐりを割って手を入れたのだが、彼女の目に浮かんだのは抗議の色ではなく、軽い苦痛の色だった。「痛い……」という呟きが口元から漏れた。

「我慢しろ、男の子だろ」

 すかさず、アレス。エリシュカから険のある目で見られたが気にしない。あとでいくらでも仕返ししてもらって構わない。

 やがて、ズーマは手を離すと立ち上がった。

 エリシュカは大きく息をついたあと、目をつむった。はっとしたアレスだったが、すぐに小さな寝息が聞こえてきて、ほっと一息ついた。アレスはエリシュカを抱き上げると、ズーマを見上げた。したくないことだが、しなくてはいけないことがある。アレスは小さく頭を下げた。

「何の真似だ?」

 アレスは地を見ながら、エリシュカを助けてくれた、いや自分の願いに応えてくれた礼を述べた。

「その必要はない」

 アレスは顔を上げると、にやりとした。

「何だよ。お前、照れてるのか?」

「何を言ってる? わたしが必要ないと言ったのは、リシュ嬢の死病は癒えてなどいないから、礼には及ばない、という意味だ」

 急にアレスは自分の頭が悪くなったことを感じた。ズーマの言っていることが分からない。炎天下を歩きすぎて、思考回路が焼き付いてしまったのだろうか。アレスは説明を求めた。

「リシュ嬢の死病は治っていない。呪文の一つや二つでお気軽に死病が治ってたまるか」

 アレスは唖然とした。では、一体、このうっとうしい長髪の男は今しがた何をしていたのか。なにやらぶつぶつ言いながら乙女の柔肌に触れるという傍から見れば単なる変態的行為が許されたのは、病気を治すという大義名分があったからではないか。

「いかなわたしとはいえ、触媒無しで死病を癒すことなどできない。今の呪文は、死病の進行を止めただけだ。言わば、あの白衣の男と同じことをしたのだ。ただし、わたしの方がよほど上等だがな」

 誇らしげに言う銀髪の青年の顎先を殴り飛ばしてやりたい気分で一杯だったが、両手がふさがっているので、それは難しかった。アレスは、自分の代理をヤナに頼んだ。

「聞け、アレス。死病を完全に癒すには触媒、すなわち呪文の力を増幅させるための魔法の道具が必要だ。お前の剣もその一つだが、それはお前にしか使えないしな」

 アレスは舌打ちした。「それで?」

「それで、とは?」

「どこにあるんだよ、その道具とやらは。目星はついてるんだろ?」

 その問いへの答えは、実に清々しい、すなわち何ともいらいらさせられる類の微笑みだった

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