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第41話「最期の言葉」

 パン、という小気味良い音が響き、アレスの拳はズーマの手の平に当たった。

「何だ、このパンチは。これに当たってくれるのは山賊団や研究者くらいだ。もっと鋭く、コンパクトに打て」

「うるせえ! 大人しく殴られろ」

 アレスは拳を取られたまま憎々しげな目を向けた。

 ズーマはもう一つの手でなだめるような格好を作った。

「まあ、落ちつけ、アレス」

「これが落ちついていられるか。死なせてやれだって? ふざけるな!」

「ふざけてはいない。人はみないつか死ぬ。死ぬべき時に死ねないというのは辛いことだ。分かるか? 死は生の総決算なのだ。いかに死ぬかということはいかに生きるかということと同義。死に際を誤らせるということは、その者の生を冒瀆(ぼうとく)するということなのだ」

「お前はエリシュカが幸せだったと思うか? 死病にかかって、二年間呪式の実験台になって……まだ、十三なんだぞ。オレより二歳も年下なんだ」

「彼女が幸せかどうかということは彼女にしか分からない。お前が決めることではない。少なくとも彼女は死を受け入れた。お前は彼女の意志に反した行為をしようとしている」

「受け入れたんじゃない。受け入れざるを得なかっただけだ」

「同じこと」

「違う! 絶対に!」

「お前は子どもだな、アレス。リシュ嬢の方がずっと大人だ。彼女は誰に助けを求めもせず、これまで一人で生きてきたのだろう。死病を受け止めてな。諦めろ。お前のような子どもが、彼女のような大人にしてやれることは何一つないのだ」

「……死にそうなヤツがいるんだぞ。助けたいと思って何が悪いんだ」

「堂々巡りだな。いいか、アレス、世界中に今この瞬間死にかけている人間はいくらでもいるのだ。にもかかわらず、お前はリシュ嬢のことばかり言う。目に見えないところで人が死んでも何も感じないのに、目に見えるところで人が死ぬのはいや。つまり、お前はただ死を見たくないだけなのだ。人の死を受け入れる強さが無い。自分の弱さを隠すために人助けをしようとしているだけだ」

 ズーマの言葉は理屈であった。悔しいが、その言葉にはいちいちうなずかざるを得なかった。しかし、少々理屈すぎた。人は理屈だけで生きるわけではないし、アレスは特にそうだった。ズーマの理屈を、黙って「はい、そうですね。おっしゃる通り」と受け入れるような分別(ふんべつ)をアレスのどこかが頑強に拒んでいた。それを子どもと呼ぶのなら呼べばいい。説教臭い理屈に従って窮屈に生きるくらいなら、一生子どもで構わない。

 空気がさわりと揺れて、弱い声が聞こえた。

 アレスはズーマの手の平を払って拳を戻すと、振り返って膝をついた。

 エリシュカの青い瞳が驚いたような色を映した。開いた口元から出た声はかすれていて、よく聞き取れない。アレスはエリシュカの頭を抱いて体を起こすと、腰にしていた竹製の水筒の口を開けて水を飲ませてやった。

「……アレスも死んだの?」

 その第一声はいかにもエリシュカにふさわしい。アレスは満足した。

「助けに来たっていう解釈は無いのかよ」

「助けに?」

「そうだよ。オレもキミも死んでない。だから、死後の再会とかじゃない」

「そう……ここ、どこ?」

「研究所の近くだ」

 エリシュカはかすかに微笑んだ。

「本当に来るとは思わなかった」

「バカ。言ったろ、言葉にしたことは必ず実行するって。オレはキミを助ける」

 その言葉に自分に言い聞かせるような調子が混ざっていることを感じて、アレスは自身を恥じた。しかし、恥じ入っただけでは男がすたる。アレスは改めて決意を固め直した。

 エリシュカの細いあごが左右に揺れた。

「もうわたしは助からない。もうすぐわたしは死ぬ」

「それはどうかな」

 少女の肩を抱いているアレスの手に力が込められた。

「それに、もう生きていても仕方ないもの。わたしは間に合わなかった」

「キミが元気だったら引っぱたいてやるところだ。何に間に合わなかったのか知らないけど、過ぎたことは過ぎたことだろ。失敗したら、別のことで取り返せ」

「もうダメ。それに、わたしはこのまま死ぬから」

「エリシュカ。キミ言ったよな、オレと結婚するって。その約束はどうする?」

「約束は破るためにある」

「おい! ふざけんな! こっちは婚約指輪から新居、子どもの名前のことまで考えてたんだぞ。結婚の約束は守ってもらうし、オレもキミを助けるっていう約束を守る。いいな?」

「……アレス」

「何だよ?」

「もういいの。わたしはやれるだけやったから。……あなたに会えて楽しかった。この二年間で一番楽しかったかもしれない」

 そよ風が吹いて、エリシュカの前髪をサラサラさらった。

 少女は満足したような顔をしている。死に際の顔としては上等の部類に入るのかもしれない。が、アレスには死にゆく者の気持ちを尊重するような殊勝さに欠けるところがあった。

「そんな言葉を最後にして綺麗に死ねると思うなよ。キミは大人かもしれないけど、オレは子どもだ。だから、子どもっぽくやらせてもらうからな」

 アレスは右手を背中に回し剣の柄を握ると、

「『左の手と右の手を以って貫く木を取り外す……開け!』」

 呪文を唱えた。

 次の瞬間、剣の柄の少し上の部分に取り付けられていた赤い宝玉が煌々とした光を発した。

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