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第40話「大陸一の魔導士」

 門前で気を失っている二人の白衣の男を避け、アレスはゆるやかな坂道を下っていった。エリシュカは目を覚まさない。腕の中の少女からは確かに温かさが感じられて、しかし、それがいつ失われてもおかしくないのだと思うと、アレスはぞっとするものを覚えた。焼きつけるように強烈な日差しの下で、アレスは身震いした。

 アレスは唇を噛むようにすると、

「唐突に現れて唐突にいなくなろうとするなんて、そんな真似、このオレが許すと思うなよ。運が悪かったな、エリシュカ。このまま楽に死ねるなんて思ってたら大きな間違いだ」

 眠った振りをしているかのように綺麗に閉じられたまぶたに向かって言った。

「そんなこと言ったって、これからどうすんだよ?」とヤナ。

「助けるに決まってるだろ」

「お前とその子には気の毒だけど、『絶海の子』は助からない」

「どうかな。不可能を可能にするのが勇者だろ」

 アレスは馬をつないだところまで戻ると、近くの木陰になっている草地にエリシュカを寝かせた。それから、「ズーマ!」と鋭く一声上げた。

 ヤナは首をひねった。銀髪の青年は今頃、彼女の部下とおしゃべりを楽しんでいるはずであり、この近くにいるはずもない。エリシュカの前に膝をついた格好のアレスは苛々したような口調でもう一度叫んだあと、少しして小さく舌打ちしてから、

「ヤナ、頼みがある。今回の情報料は必ず払うから、ズーマの人質役を解いてくれ。今すぐあのバカをここに呼びたいんだ」

 不思議なことを言ってきた。今すぐ呼ぶと言っても、ここから町までは馬で小一時間ほど離れているのである。

「あいつは、自分は情報料を払うまでの人質だからヤナの許しがない限り動けないって言ってる。だから、頼む」

「言ってる?」

「ヤナ!」

 ヤナは軽く両手を広げるようにした。

「分かった。お前の言葉の意味がよく分からないが、金を払うってことは信用するよ。すればいいんだろ」 

「聞こえたな、ズーマ。今すぐ来い!」

 それから数秒経ったあと、不意に気配を感じたヤナは目を上げた。彼女の(とび)色の瞳は限界まで見開かれた。見上げた空に人影が差している。青空をバックにして一人の青年の姿があって、彼は世のことわりに反して中空に、まるで壁にピンで留められたメモのようにピタリと、浮いているのだった。

 ズーマは滑るように宙を降りてくると、あまりのことに口の利けなくなったヤナに微笑みかけたあと、アレスの後ろに立った。

「ズーマ、二択だ。『はい』か『いいえ』で答えろ」

 アレスは高圧的に言った。

「エリシュカを助けられるか?」

 ズーマは答えない。

 かすかに上下するエリシュカの胸のあたりを見ながら、アレスは同じことをもう一度尋ねた。

 風が少し出て、木の影がゆらゆらと揺れた。

 やがて、ズーマは静かに言った。

「お前も知っての通り、『絶海の子』は死ぬさだめにある」

「オレはそんなことは訊いてない。助けられるかどうか、訊いたんだ。『はい』か『いいえ』で答えろ」

 ズーマは再び黙り込んだ。

 アレスはたまりかねたように立ち上がると、振り返ってズーマに詰め寄った。

「勿体ぶるな。できるんだろ。『はい』って答えろよ!」

「……二択ではないだろう、それでは」

「うるさい! で、どうなんだよ?」

「助けられないこともない」

 アレスはつこうとした安堵の息を慌てて止めた。まだ言葉だけの話である。エリシュカが死につつあるという事態は何も変わっていない。

「そうこなくちゃな。日頃、『大陸一の魔導士』とかって威張ってるんだから、そのくらいできないとな」

 自分の軽はずみを冗談に紛らわせるように続けるアレスに、

「大陸一ではない。世界一だ」

 ズーマが訂正する。

「すぐできるのか?」

「ああ」

「じゃあ、やってくれ」

「断る」

「よし」

 そう言って、エリシュカの方を向こうとしたアレスは動きを止めた。もう一度、頭一つ分くらい高い位置にある銀髪の青年の顔を見上げる。

「こんなときまでつまんないジョークはやめろよ、ズーマ。状況を考えろ」

 言いながら覗き込んだズーマの目には平然とした色があった。冗談などではなく、本気で言ったのである。アレスは思わず拳を握りしめた。

「どういうことだよ?」

「頼まれたのか、お前?」

「なに?」

「リシュ嬢に頼まれたのかと訊いてる。『助けてくれ』と。違うだろう。彼女は何も言ってない。これは山賊団のときとは訳が違うのだ。昨日は、リシュ嬢は逃げていた。だから助けることにも理があった。今回は違う。延命措置を嫌ったとあの男が言っていたな。つまり、逃げずに死を受け入れたのだ。死ぬことが彼女の望みだ。このまま安らかに死なせてやるべきだ」

 ズーマとは長い付き合いだった。

 しかし、いやだからこそと言うべきか、アレスは握った拳を振り上げるのにいささかの躊躇もしなかった。

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