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第39話「死にいたる病」

 ここに一つの神話がある。

 ミナン国があるこの大陸は、大地の神によって作られた。大地の神は大陸を作ったのち、ここに住まう命を作られた。そうして大体、形になり、やれやれ一休みと額の汗を拭ったところ、海の彼方から異形のものが現れた。異形のものは、やぶからぼうに大陸建設を今すぐやめるように言った。以下、異形のものと大地の神の対話。

異形のもの「あのお、勝手にこういうもの作ってもらったら困るんですよね。おたく、誰に許可取ってここに大陸作ってんの?」

大地の神「許可って、わたしは神だぞ。誰に許可を取る必要も無いだろ」

異「あーあ、たまにいるんだよね。おたくみたいな勘違いしたヤツ。この世界には、あまたの神がおはしますわけ。おたく一人じゃないんだよね。ぶっちゃけさ、あたしだって神の一人だし」

大「お前が?」

異「あ、なにソレ? もしかして見てくれでそんなこと言っちゃってんの? カチーンと来ましたよ。あれですか、『大地の神』様ってのは、神を見た目で判断するわけだ。大した神さまもあったもんですねえ」

大「い、いや、そういうわけではない」

異「じゃあ、どういうわけスか?」

大「と、とにかくだ。わたしはここに大陸を造り、わたしの世界を創造する。許可を取る気もないし、邪魔させる気もない」

異「困ったなあ。じゃあ、せめておたくが造った大陸から生まれた命の半分を捧げものとしてもらえますかね? あたしが毎日その日に生まれた命の半分を取り立てに来ますんで」

大「なんだと! ふざけるな。なぜそんなことをしなくてはならん」

異「何言ってんスか。それが筋ってもんでしょーが。筋を通さない神が造った大陸は筋が通らないものになりますよ」

大「筋が通らないのはお前の方だ。わたしは大地の神だぞ。大地が無いのに、大地の神と言えるか。わたしはどうしても大陸を、大地を造らなければならんのだ」

異「勝手な理屈だなあ。百パー自分の都合じゃないスか。とにかく、上の命令なんですから」

大「それはお前の上司であって、わたしの上司ではない」

異「力づくで阻止していいとも言われてるんですけどね」

大「面白い。やれるものならやってみろ」

 激闘は八時間に及んだという。戦いが終わり、大地の神はぜいぜい言いながら、異形のものを見おろした。大地の神がギリギリ勝ったのだ。異形のものは、やれやれと立ち上がると、あまり悔しそうな色も見せず、仕方なく立ち去ろうとして、しかし、去り際に、

「派手に暴れたんで汗が出ましたね。あたしの汗が飛んだ地から生まれたものはおたくの祝福は受けられない」

 言ってから、ふうう、と息を吐き出して大陸に吹きかけた。息は一陣の風になって、大陸を走った。

「あたしの息でできた風を受けた子どもにはすぐに死の呪いがかかる。ま、どっちもちゃちいものですけど。ただでは帰れないんでね。ほんの置き土産ですよ」

 異形のものの言った通り、その汗が飛んだ地からは大地の神の祝福を受けられない汚れた種が生まれた。また、息の風が吹きすぎるとその地の子どもに病気が発生し、その病は死にいたるものとなり、けして治らなかった。

 後者の子どものことを、海の彼方から来たものの呪いを受けた子という意味で、「絶海の子」と言う。

 そうして、「絶海の子」は今も存在する。

 もちろん、神話上のそれではなく、ある死の病に侵されて手の施しようの無い子のことを総じてそう呼ぶのである。その病の症状は神話上のものとは一致しないが、子どもしかかからないこと、唐突に発症すること、必ず死に至るという点が神話の病と似ているところから、そのように名付けられたのである。

 アレスは奥歯を噛みしめた。「絶海の子」のことは聞いたことがあった。幼い頃子ども心に、かかったらどうしよう、と怯えたものである。 

「発症したのは二年前だ。十一歳のときだ。大体六歳から十歳くらいまでの子どもが発症することから考えるとフタは少し遅かったな」

 初老の男の声には全く感情の色が無い。

「お主は知ってるかどうかはしらんが、この病に侵されると一カ月から三カ月ほどで死に至る。例外は無い。だが、フタはこれまで二年生きている。むろん、フタ自体の力ではない」

 そこで、男の口調にかすかに、ほんのかすかにではあるが、自慢めいた色がのった。

「わたしが開発した呪式を施したせいだ。治癒にはいたらないが、進行を遅めることができる。いずれ、わたしの呪式が『絶海の子』を救うことになるかもしれん」

 それで、実験体の意味が分かった。エリシュカは不治の病の特効薬となる呪式開発の為にその身を提供したというわけである。それが自分の意志によるものか(いな)か、そんなことまで訊いている暇はないようだった。

 アレスは自分の腕の中でぐったりとしている少女の顔を見てから、

「もうその呪式は効かないってことか?」

 静かに訊いた。

 初老の男は髭をしごいた。

「そこまで衰弱すると効果は期待できない。なにより、フタ自身がこれ以上の延命措置を嫌った。さきほどフタが帰ってきたときに、呪式を施そうとしたスタッフが五人、手傷を負った」

「……あと、どのくらいの命だ」

「もって、二、三日か。あるいは、今すぐかもしれんがな」

 アレスは大きく息をつくと、くるりと男に背を向けた。「おい、いいのか?」というヤナの声を無視して、アレスは決然と歩を進め、呪式研究所の門を出た。

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