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第38話「絶海の子」

 玄関先でダラダラ話をして時間を稼いでいるうちに、別動隊がこっそりと裏口から逃げる。その中にエリシュカも混ざっている。そんな想像をしてみたアレスだったが、それは単なる空想に過ぎなかった。玄関からエリシュカはちゃんと現れた。しかし、一人ではない。アレスは目を細めた。二人の白衣に両方から腕を取られている。一見、連行されているように見えるがそうではなく、どうやら自分の力で歩くことができないので両脇から支えられているような様子だった。顔をうつむかせており、ぐったりとしている。

 二人の白衣のうち、一人はエリシュカを呼びに行った男である。男は、白髪の少女を引きずりながら、初老の男のところまで来ると、ぎょっとしたような目を地面に向けた。先ほどまで元気だった同僚がなぜだか地に気絶しているのを見て困惑したのだろう。男は、物問いたげな目を初老の男に向けたあと、アレスの手にある剣を見て、ごくりとのどを鳴らした。

「フタを渡せば、大人しく帰るという約束だったな」

 初老の男が確かめるように言った。

「悪いが、事情が変わった」

「ほお?」

「何でそんなに弱ってるのか教えてもらおうか」

「聞いてどうする?」

「顔も上げられないほど弱ってる理由が、あんたらのつまらない『実験』とやらのせいだったとしたら、ただで帰るわけにはいかない」

「フタが今にも死にそうな状態であるのは、われわれの実験とは関係ない。いや、あるとも言えるが、やはり厳密に言えば違う」

 魔法の剣を握るアレスの手に力が込められた。先ほど白衣の男を斬ったときのように初老の男をただちに斬り捨てなかったのは、この男にはまだ聞きたいことができるかもしれないと思ったからである。

「エリシュカ!」

 強い声で呼びかけてみたが反応がない。うつむかせたままの顔が癇に障る。腰までの雪のような髪と身につけている青色のワンピース、体つきは確かに彼女のものだが、顔を見ないことには安心できない。ここは敵地なのである。どんなトリッキーな罠が待っているか分かったものではないのだ。油断はできない。

「顔を上げさせろ」

 アレスの想いを読みとったかのように、初老の男が言った。はっとしたアレスが、

「やめろ!」

 と叫んだのは、ほとんど無意識であったが、白衣の男の手がエリシュカの顔に触れることに対する嫌悪感のようなものがちらりと胸に差したことは認めざるを得なかった。

「昨日出会ったばかりの子に所有欲とは何と欲深い男だ」

 ズーマのからかうような声が聞こえた。

 問うような目を向けてくる初老の男を無視して、アレスはエリシュカらしき少女へと近づいた。二人の白衣は、少し身を引くようにした。「エリシュカ」ともう一回小さく声をかけたが、やはり答えがないので、アレスはそっと彼女の頬に手を当てた。少女の頬はなめらかでひんやりとしていた。そのまま、顔を上げさせたところ、エリシュカはエリシュカだった。顔面だけ何かの獣になっていたり、また全くの別人であったりする可能性を考えていたアレスだったが、そんなことはなかった。ただ、まぶたは閉じられていて、眠っているようだった。

 光の剣から光を消して只の短剣に戻し鞘に納めたあと、

「放せ」

 アレスは二人の白衣に言った。その声の鋭さに胸を貫かれた二人だったが、上司の指示を仰ごうと初老の男を見た。男がうなずくと、二人は手を離した。アレスは、エリシュカの小さな体を抱きとめた。豊かな白髪がアレスの頬をくすぐった。そのままエリシュカを抱き上げて、少し後ろに下がったアレスは、

「さっきの話の続きだ。エリシュカが死にそうだっていうのはどういうことだ」

 訊いた。隣にきたヤナが、エリシュカを渡すように言ったが、アレスは首を横に振った。

「ラブラブなのは分かるけど、もしも今お前が襲われたら、あたしが戦わなきゃならないだろ」

 ヤナは口を尖らせるようにした。

「戦ってくれるだろ」

「あたし、女の子なんですけどー。その子みたいに、お姫様抱っこされる側なんですけどー」

「女の子だって戦うときもあるだろ。いざってときはな。それが今だ。それに、オレがエリシュカを持ってる限り、オレはあいつらに手出しできない……とあいつらは思う。あいつらは幾分、安心して話ができるわけだ。少なくとも突然斬られたり殴られたりすることはないからな」

 アレスは、「なあ?」と気楽な調子で初老の男に声をかけた。しかし、目は全く笑っていない。

「簡潔に要点だけ言え」

 アレスは高慢な口調で言った。

 初老の男は二人の部下に、「お前たちはゆけ」と声をかけた。二人はしばし躊躇したが、

「いいから行け。三人でいてもどうしようもない」

 平然と事実を告げるような穏やかな口調に、かえって励まされるような様子でその場を後にした。

 アレスは何もしなかった。男の言う通り、一人残っていれば十分だからである。

 男はアレスに向かって口を開いた。

「フタ……今お主の腕に抱かれておる少女は『絶海の子』だ。だから死ぬ」

 アレスの要求したとおり、男の言葉はひどく簡単なものだった。

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