第3話「山賊団の悲劇」
手斧を持って突進して来た男をかわしざま、アレスは相手の銅を薙いだ。そう、「薙いだ」のである。それは短剣の本来の用途ではない。刃の短い「短剣」は振り回しても大したダメージは与えられない。相手に密着して刺すことがその主な使い方なのである。
しかし、アレスの手の中にあったのは短剣ではなかった。といって、背中の剣ではない。短剣を持ってはいるのだが、短剣からいつの間にか発せられた白光が刀身を伸ばすような格好に伸びて、短剣は今では立派なひと振りの剣へと成長していたのである。初めに近づいてきた二人の男たちもこの剣に斬られたのだった。
さて、胴を斬られた男は痺れたように痙攣し倒れていった。どうやらこの剣は、普通に人を斬ることはできない代物らしい。何らかの魔法を帯びた剣であるようだ。
二人目、三人目と、一切無駄な動きをせずにアレスは瞬く間に斬り伏せる。その姿は、子どもが木の枝を無造作に振って丈の高い草を刈ろうとしているかのような気安い様子だった。
男たちの頭の中に恐怖の閃光が駆け抜けて、その足が止まった。
アレスはほんの一呼吸置くと、視線を次の目標へと向けた。その男が金貨の入った布袋のように見えていたと、のちにアレスは語る。熱烈な視線に見られた男は、やぶれかぶれになって自分から襲いかかった。一瞬後、アレスの剣が男の横腹を捉えていた。夕闇に悲鳴を残し、くず折れる男。「ぶはっ」「おにょう」「ぎょひい」と、そのあと悲鳴はほとんど連続して上がっていった。山賊たちは思い思いに向かっていっては、大地に寝転がされていった。彼らはアレスの動きにまったくついていけなかった。
残るは既に二人である。リーダーの男ともう一人。そして、もう一人の方が希望をリーダーへと託して今まさに倒れていった。
バトンを託されたリーダーはもう何が何やら分からない、混乱の極地であった。十人からの手下が全員倒されるまで多く見積もっても三分程度。それも、十五、六のロクに毛も生えそろっていないような子どもにである。一体何者の力によるのか、三分前とは明らかに異なった世界に送られてしまった。事実はどうあれそうとしか思えないリーダーの男は、早く元の世界に召喚し直してくれという気持ちで、ゆっくりと距離を詰めてくる少年を恐ろしげに見やった。
「お、お前は一体、何者……!」
男は狼狽もあらわに、悪魔的な少年の正体を確かめようとしたが、次の瞬間、腹部に激痛が走り意識が暗転した。翌日、彼が目を覚ましたのは最寄りの町イードリのカビ臭い地下牢であった。
アレスは地を見下ろすと、今しがた気絶させた山賊リーダーに対し、
「悪いな。あいにく、悪党に名乗る名前は持ち合わせてないのさ」
気楽な声を落とした。
そのあと、誰もぴくりとも動かないことを抜かりなく冷静にアレスは観察した。心の中はクールだが、顔はヤバイ。にやにやが止まらないのである。しかし、ニヤケ顔にもなろうというもの。というのも、「冒険者組合」という冒険者を援助する組織があり、彼らは国の委託を受けて、賞金首リストというものを発行している。そのリストに載っている賞金首を生死に関わらず捕えると、かけられた相応の賞金がもらえることになっているのである。今地に伏している男たちを金に換えると、それはそれは結構な額になるだろう。
アレスの名誉のために言っておけば、彼は浪費家ではないし、逆に拝金主義者でもない。金など、日々の生活に困らない分で十分だと思っている。どちらかと言うと清貧思想の持ち主なのである。そんな彼が金勘定にうつつを抜かしているということから、ここ数カ月の耐乏生活を想像してもらいたい。
さて、アレスは宝の山を運んで来てくれた天使のような少女に目を向けた。ズーマに介抱されているが、気は失ったままのようである。
「大丈夫なのか、その子?」
アレスが声を投げると、
「命に別状は無い」
確信のある声が返ってきた。が、そのあと、ズーマは銀色の眉をかすかにひそめた。
「ただ、少し衰弱しているようだな」
近寄ろうとした足を止めて、アレスはくるりと踵を返した。山賊連中が現れたところからほど近い場所に木立がある。
じっとその方向を見据える少年の瞳には、日が落ちてきたせいで黒みがかってきた木々しか映っていない。しかし、彼の心の目はそれ以上のものを捉えている。
アレスはぶっきらぼうな声を出した。
「出てこいよ、いるのは分かってるぜ」
木にとまっていた野鳥が、「え、俺のことかい?」と言わんばかりの間の抜けた声を上げた。
アレスはふう、と息をつくと、眼底に光を残したまま、もう一度、どうでもいいような口調で声を出した。
「見つかっちまって、あっさり出てきたくない気持ちは分かる。カッコ悪いしな。というわけで、やっぱり出てこなくてもいい。ただ、オレたちがここを離れる前に妙な真似をしてみろ、今転がってる奴らと同じ目にあわせてやる。こそこそ隠れて見てるヤツにロクなのはいないからな」
今度は違う反応があった。
木立の闇の中から、ぬらりと一つの影が姿を現した。