第34話「逆襲、山賊団!」
白衣の男はもう一人いるにも関わらず、どうしてアレスが、自分の倒した男に対して決めゼリフを吐くなどという余裕綽綽ができたのかというと、アレスが男を倒したとほぼ同時に、もう一人の男もまた倒されていたからである。
「無茶なヤツだなあ」
ヤナはたった今その拳で以ってアレスに遅れること間髪の差で大の男を殴り倒すという十分に無茶な自分の行為を思いきり棚に上げた言い方をした。
「オレの正体に興味あるって言ってたけど、オレとしてはそっちの正体に興味あるよ」
アレスは、仲良く昏倒した二人の男たちの体を避けながら言った。
「あたしはただの善良な一市民だよ」
ヤナが男の体を飛び越してから答える。
「あんたが善良な一市民だったら、オレ、二度とイードリには来ないよ。怖くて女の子に声をかけられない」
「イードリは平和な町だからな」
「理屈が合わないじゃないか。どうして平和な町だと強くなるんだよ」
「平和も過ぎると退屈になる。武術はその格好の暇潰しってこと」
アレスは初めて平和であることの価値を疑った。世が平和であることによって自分の平和が脅かされるとは思ってもみなかった。
「まあ、あたしは小さい頃から親父に鍛えられたんだけどな。周りもあんなんだしさ」
「『あんなん』って、気のいいやつらなんだろ?」
「そんなこと言ったか?」
会話を楽しみながら、両開きの粗末な門を蹴り開けると、三十歩ほど先にある建物正面入り口から、わらわらと太い影が湧いた。
「やっぱりバレてたみたいだな」
十数名もの山賊ルックの男たちの姿を見ながら、アレスがのんびりと言った。
門前に白衣が二人整然と立っていたときから疑っていたことである。門番であるなら話は別だが、あんな粗末な門を守る必要があるとは思われない。とすれば、はかったように彼らが現れたのは、何らかの方法でこちらの動きを知っていたと考えられる。
「あたし、守られてればいいんだよな?」
ヤナは組み合わせた手を前にうーんと伸ばしながら言った。
「女の子に戦わせないくらいの甲斐性はあるつもりだけど、なにせあの数だ。ひとりふたりはそっちに向かうかもしれない」
アレスは腰から短剣を引き抜くと、呪文を唱えた。短剣が光の刃と化す。
「そのときは頼むよ」
「話が違うぞ。女の子気分を味わわせてくれるんだろ?」
「そんなこと言った覚えないぞ」
「いいから、あたしを守れ。守ってみせろ」
ちょっとむきになって言うヤナを、アレスは立ち止まらせると自分は男たちとの間を詰めた。
リーダー格らしき、髭が濃く人一倍凶相の男が、一歩前に出た。
「てめえがアレスか?」
獣が吠えるような声に、アレスは、ああ、とぞんざいに答えた。
「オレはロート・ブラッドのリーダー、ブルートだ」
「友だち作りならよそでやれよ。オレは忙しいんだ」
後ろに控える男たちの目がかっと見開かれた。リーダーに向かってなんという口の利き方! あの小僧に礼儀を教えてやる! 怒りに燃える目である。
「昨夜、オレの仲間をやったのもお前だな」
アレスは、肩を震わせ出した山賊を無視して、周囲に怠りなく注意を配った。あたりに怪しげな気配はない。とりあえず、この山賊連に集中しても良さそうである。
「シダン、ベイン、ダコル……いいやつだった、みんな。それを、よくも」
「シダンもタロウもジロウも、相応しい場所へ行っただけだ。お前たちもすぐに送ってやるよ。そっちで再会を果たしな」
アレスはもう完全に悪役だった。このやり取りだけ聞けば、連中に理がある。しかし、彼らは山賊なのである。山賊とは市民秩序の外にいる存在。それに対して、何を言っても責められるところではない。
「カタキを討た――」
までしか、リーダーの言葉は続かなかった。唇を苦しげに歪ませて、ふらりとした男は糸の切れたあやつり人形のように地面にふにゃふにゃと崩れ落ちた。男たちは、リーダーの様子が突然おかしくなったので、呆気に取られたが、それよりも驚いたことに、黒髪の少年の姿が見えない。数人がきょろきょろと辺りを見回したところ、近くから立て続けに二つ、悲鳴が上がった。熟練の木こりに切り倒された木のように、立っていたはずの二人の仲間が横倒しに倒れている。その近くに、光の剣を持った少年が端然と立っており、しかし、彼の姿は一瞬後に掻き消えた。少なくとも、そう見えた。
それから男たちの悲鳴が立て続けに夏空を打って、そのたびにバタリ、またバタリと地が乾いた音を立てた。林立していた山賊たちは、ほんの二、三分の間で全て大地に倒れ伏した。
丸太のようにゴロゴロしている男たちを見おろしながら、アレスは舌打ちした。
ロート・ブラッド山賊団がこれで全部なのかどうか、聞いておけば良かったと思ったのである。