第31話「人質に相棒を」
情報屋協会。
金さえ払えばどんな情報でも教えてくれる秘密組織である。市政が適正に行われているかどうか、という大きなところから、若いツバメを囲っている有閑夫人の情報、という小さなところまで。彼らは実に多種多様な情報を取りそろえている。
起源ははっきりとしないが、もともとは反政府組織であったらしい。時の政府に反旗を翻すために、中央の情報を地方に、地方の情報を中央に集めるためにネットワークを組んだ。それがいつの間にか当初の革命思想が失われ、世に迎合し、縦横無尽に張り巡らされた情報網によって獲得した情報を売るという商売を始めるようになった。何でも商売にしてしまうところが、ミナン人のしたたかさである。
今ではミナンだけでなく、同じような組織が各国にある。その組織同士で情報のやり取りもあり、交換した情報は各地方支部に送られる。つまりは、ここイードリにいながらにして、周辺諸国の情報を知ることさえできるというわけである。
元アンダーグラウンドという経歴上、公の組織では無い。では、全然、国に協力しないかというとそういうわけでもない。商売のためには基本的には世が安定していた方が良いわけで、世の平和に、つまりは自分たちの商売に利すると感じれば、国に有益な情報を提供したりする。ミナン国、また周辺諸国にはそれぞれお抱えの諜報部が存在するが、情報収集では、情報屋協会の方に一日の長があった。
「なるほど。面白そうな話だ」
支部長の代行を務める少女は、アレスの一部始終の話を聞いたあと、笑って言った。
「まあ、太子がうんぬんという話はウソだろう。自分からわざわざ所属を明らかにするようなヤツはいない。その太子の印というのはおそらく偽造だな。じゃなきゃ、本当のバカだ」
本人に直に会ったことのあるアレスとしては、本当のバカである可能性もなかなかどうして捨てきれないどころか多分にあると思ったが、黙っておいた。
「問題はその子がロート・ブラッドと関係があるということと、『研究所』とかいう施設のことだな」
「分かるのか?」
少女は片頬を持ちあげてみせた。
「空に浮かんで雲に隠れてるってんじゃなければな。このイードリ周辺の施設は合法・非合法、全て押さえてある。あとは、その子が市のどの門から出たのか分かれば方角が特定できておのずと範囲も狭まる。市の四つの門には全て部下がいるから、調べればすぐに分かる」
アレスは思わず身を乗り出した。
「いくら出せる?」と少女。
アレスは腰から短剣の鞘を外して、テーブルに置いた。
少女は鞘から短剣を引き抜くと、短い刀身に刻まれた象形文字を見つめた。
「魔法剣か」
「オレの全財産だ」
「背中にあるのは?」
「これは呪いの剣だ。置いてってもいいけど、代わりにあんたが呪われるぞ」
剣呑な言葉に周囲の男たちが色めいてアレスを睨んだが、それを押さえるように少女が手を挙げた。
「あたしは魔法剣の価値は分からない。だから、これが情報の対価としてふさわしいのかどうかも分からん」
短剣を鞘に戻してアレスに突っ返しながら続ける。
「オレもいくらになるかは分からないし、考えたこともない。たださる国の貴人が秘蔵していたものだから、それなりにはなると思う」
「話にならないな」
「あと、こいつを置いてく」
そう言って、アレスは立てた親指を隣の銀髪の青年へ向けた。
「何を言ってる?」
訊き返したのは少女だが、ズーマも不審な目をアレスに向けた。
「人質だ。エリシュカを捕まえがてら、あんたの言い値を稼いでくる。どうせ非合法組織だ。それを潰して金を奪ってもどこからも文句は出ない。仮に非合法じゃなかったとしたら、ロート・ブラッドを根こそぎ壊滅させて懸賞金で払う。その約束の証としてこいつをここに残してく。もしオレが帰って来なかったり、金が稼げなければ、この男を一生ただ働きさせてくれて構わない」
少女は目を丸くして、
「……おい、正気なのか、あんたの連れ?」
ズーマに顔を向ける。
「残念ながらそのようだ」
憮然とした表情でズーマは答え、
「大したヤツだな。昨日今日知り合った女と、これまで生死を共にしてきた者を秤にかけるとは」
隣の少年に言ったが、
「仕方ないだろ。男は恋をする生き物だ」
アレスは悪びれない。
少女は不意に、あははは、とさもおかしそうに笑い出した。
「面白いな、お前ら。良し、その条件で受けたぜ」
途端に男の一人が近寄ってくるのを、少女は制した。
「長がいないときはあたしが代行だ。話は分かったな。調べて来い」
男は素直にそれに従って部屋を出た。
少女は今思いついたような顔で、名前を訊いてきた。
「あたしは、ヤナ」
アレスとズーマがそれぞれ名前を告げると、少女は片眉を上げた。
「ズーマの方はともかく、アレスっていうのは聞いた名前だな」
「どこにでもある名前だからな」
「お前、どこの生まれだ?」
アレスはニヤリとすると、「いくら払う?」と訊き返した。