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第2話「歓迎! 厄介事」

 転がって来た人影を、アレスは足で止めた。

「ゴホッ!」

 まことに運が悪いことにアレスのブーツがみぞおちに入ってしまったようである。苦しげな息を吐くと坂を転がって来た影はその場でピクピクして、そのまま動かなくなった。

「おい、大丈夫か?」

 自分でやったくせに、手早くアレスは介抱した。抱きかかえるようにして意識を確かめる。白髪が腰を覆うほどに長く伸ばされているので、年()けた人だと思ったアレスは、顔を見てほっとした。苦痛にうめく彼女の顔は皺一つなくなめらかで、まだ十代半ばのそれだった。所々に染みのある汚れたチュニックを身にまとっており、それに草がまとわりついている。どうやら気を失ってしまったらしく、ぴくりとも動かない。

「おお、何だ、この娘は? 雪の精霊か何かか?」

 ズーマは面白そうに言った。

 アレスは少女が落ちて来た方角を顎でしゃくった。

「じゃあ、あいつらは?」

 そこには、それぞれ剣や手斧で武装した男たちが十名近く、姿を現しており、一瞬こちらに気がついて立ち止まったものの、すぐに坂をかけおりてきて、アレスたちの数歩手前で立ち止まった。

「精霊狩りだな。精霊を捕まえて邪神に捧げる呪われた一族だ。見ろ、あの邪悪な顔を」

 ズーマの冗談はともかくとしても、確かに人相はよろしくない。皆揃って、気持ちの良いほどの悪相である。生まれてから一度も笑うことなく過ごし、食事のたびごとに眉をしかめるトレーニングを欠かさず行ってきたらそうなるのではないかというほどの悪人面であった。

 アレスは少女をズーマの手にゆだねると、立ち上がった。

 それが現在の山賊ルックの流行なのか、単なる防寒上の問題か、毛皮の上着を着こなした一団のリーダー的な男が一歩前に出た。

「何だ、お前たちは?」

 アレスは肩をすくめた。

「これといって、普通の通行人だけど。あんたらこそ、何なんだよ?」

 男は唸るような声で言った。

「てめえらには関係ねえ。ただの通行人なら、何も見なかったことにして今すぐ消えるんだな」

 男があごをしゃくって合図をすると、手下のうちの二人が近づいてきた。もう、一、二歩というところで、彼らの前に短剣が現れた。少年が腰から引き抜いたのだ。短剣を抜くという行為は多様な解釈を待たない。男たちの足が止まった。

「何のつもりだ、小僧」

 色めき立つリーダーに構わず、アレスは短剣を構えながらのんびりと言った。

「何のつもりだって言われても、あんたら悪党だろ?」

 連れに向かって確認を取る。

「なあ、ズーマ?」

「少なくとも勇者には見えんな」

 銀髪の青年はうなずいた。

「もう一度だけ言うぞ、小僧ども」

 リーダーの男は凄味の効いた声を出した。

「さっさと消えろ。死にたくなければな。おれの言ってることが分かるな?」

 アレスは素直に首を縦に振ると、一つだけ教えてくれ、と切実な声を出した。

 この時点で、リーダーの頭の中では、この二人のガキを殺す、という決定がくだされた。二回も警告したにも関わらず、減らず口を叩こうとする世間知らずのガキどもは生きている価値がねえ。そう考えると、返って鷹揚になった。何でも訊け、とアレスに言う。冥土の土産にしな、と心の中で残酷に付け加えた。

「あんたら、山賊団だったら、名前を教えてくれないか?」

「いいだろう。良く聞け。おれたちは、ロート・ブラッド団だ」

 男の声が消えたと同時に、「うぎゃあ」「ぎょええ」という悲鳴が立て続けに上がった。その後、どさりと何かが地面に倒れる音。次に聞こえて来たのは、気楽な調子の声である。

「ロート・ブラッドかあ。町で聞いたぞ。この辺じゃ、悪名高い山賊団らしい。おい、ズーマ。こいつらの中に賞金首はいるか?」

「覚えている限りでは二人だな。ボス然としたその男が確か百万ガルト。今倒したうちの一人が二十万ガルト。残りも相応だろう」

「やー、ついてるな、オレ達。路銀の心配が一気に解消されたぞ。害獣なんかちまちま駆除してる場合じゃねえ」

「日頃のわたしの行いが良いせいだな」

「まあ、そういうことにしといてやるよ。オレは今、嬉しくてテンション上がってるからさ。久しぶりにパーっとやろうぜ、ズーマ。飲めよ、蒸留酒でも何でも」

「実はわたしはワインの方が好きなんだ」

「オレ、酒飲まないから、違いが分かんないよ、ハハハ」

 栄えあるロート・ブラッド山賊団Cチームのチームリーダーの男はそこでようやく自分を取り戻した。

「殺せぇ!」

 張り上げられた声に、六七人の部下が動き出す。

「手伝うか、アレス?」

「必要ない、その子を診てろ」

「了解」

 アレスは、殺気だった山賊たちを相手にするにしてはまことに不似合いなニコニコ笑顔で、前に足を進めていった。 

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