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第27話「エリシュカの選択」

「自警団の詰め所まで来てもらうぞ」

 騒ぎを静めて、報告書にまとめるまでが隊長の仕事である。アレスが一応念のため、大人しくついて行かないとどういうことになるのか尋ねてみたところ、「君の人相書きが詰め所の壁を飾ることになる」というつれない答えを得た。この場から逃げ出すことは諦めた方が良さそうである。やろうと思えば、エリシュカを連れて逃げる自信があったが、お尋ね者にはなりたくない。

 同道を命ずる隊長の言葉にアレスは素直に従うことにした。よくよく考えてみれば、こういうトラブルを避けるために、男を誰からも見られない路地裏にでも連れ込んでおくべきであった。エリシュカのことを悪く言われたので、ついそのことを失念して、行動を起こしてしまったのだった。アレスは反省した。若い。若すぎる所作である。

「まだ、十五だからな」

 年を訊いた覚えはない隊長は、太い眉をかすかに動かしたが、問い返しはしなかった。

 アレスは剣を持っていない方の手で、今度はあやまることなくエリシュカの頭に手をおくと、その白い髪をくしゃくしゃっとしてやった。「急いでるかもしれないけど、焦るなよ」という意を込めた、アレスなりの慰めである。エリシュカは乱れた前髪の下から、少し怒ったような目を向けてきたが、アレスの手を振り払おうとはしなかった。

 隊長の声が聞こえた。

「太子の印をお持ちであるということに敬意を表して、これ以上の騒ぎを起こさないのであれば、あなたは詰め所に来て頂かずとも結構です」 

 長衣の男に向かって言った言葉である。男は苦虫を口一杯にほおばったような顔をしたあと、「当たり前だ!」と唾を飛ばした。

「しかし、また騒ぎを起こすようなことがあれば、ここイードリの最下級の宿で一晩クサい飯を召し上がっていただくことになる。お忘れのないよう」

 隊長言うところの最下級の宿とはもちろん、地下牢のことである。

「言うに事欠いて、このザビル・クラウスを牢に入れるだと! 今の言葉も含めて、これまでの経緯は全て太子に報告させてもらうぞ。お前などすぐにクビだ。それも文字通りの意味でな!」

 隊長は、長衣の男に背を向けたあと、

「君の持っているのは魔法剣だそうだな?」

 アレスに向かって言った。アレスはうなずいた。

「部下に聞いた所によると、確か人にショックを与え、気絶させるとか」

「その通り。この剣は人を殺せない」

「なるほど、人を斬れない剣か。では、急いで来る必要も無かったか。君が彼を気絶させたあとにでも来れば良かったか」

 ザビルの顔はたいへん気持ちの悪い紫色に変色した。

 隊員と二人の参考人を伴ってその場を立ち去ろうとした隊長に再び声がかけられる。

 隊長はさすがにうんざりした顔をしたが、部下の手前、声は丁寧なものにして呼びかけに答えた。

「何の御用です、クラウス卿?」

「わたしは卿ではない」

「知りませんよ、それは。で?」

「その少女はこちらに引き渡してもらおう」

 アレスは反射的に、ザビルからエリシュカを隠す位置に立った。

「それは、太子が保護している娘だ。この市の住民名簿を調べれば、その娘がイードリ市民でないことはすぐに分かる」

 隊長は、アレスの体に隠れるようになったエリシュカを見ると、

「保護している割には、あなたのところに戻ろうとする素振りも見せませんが」

 疑わしげな口ぶりで言った。

「よく聞け、隊長殿、もう一度言うぞ。その娘は太子のあずかりなのだ。貴様の仕事の範囲外だ。そうだろう?」

 ザビルはここぞとばかりの勢いである。

 アレスは覚悟を固めた。もし、これ以上、長衣の男が小うるさいことを言うなら、光の剣で一蹴して、そのままエリシュカを連れてイードリを出る心づもりを固めた。自警団の前でそんな暴行を働けば、二度とイードリに入れなくなるかもしれないが、乗りかかった船である。どんな岸にでも連れていくが良いという気持ちだった。

「先ほどは確かこのお嬢さんのことは何もおっしゃってなかったように記憶してますがね。ただ、あなたの持ち物を奪ったものがいるから手を貸せ、ということでした。まあ、それは自警団の仕事ではありません、と断ったわけですけれどね。持ち()が人、というのは納得の行かない話ですな」

「貴様が納得がいくかどうかなど関係がない」

「なるほど、それはそうです。では、一つ、このお嬢さんに訊いてみましょう。あなたと一緒に行くか、行かないか」

「なんだと?」

「一緒に行きたいのならば、止めることはできません。行きたくないというなら、少女をかどわかそうとうする疑いであなたに事情を訊かなければならなくなる」

 アレスは、隊長に対して好意を感じた。隊長はザビルのことを全く信用せず、エリシュカを守ろうとしてくれている。力強いことだった。これ以上ザビルがつまらないことを言うならオレが斬りますよ、隊長! とにわか隊員になったアレスの影に向かって、隊長は優しい声をかけた。

「あの人は君の保護者ということだが、それは本当かな? 君はあの人と一緒に行くかい? 何も心配せず、本心で答えればいい」

 エリシュカは少し考えたあと、その桃色の唇を開いた。

 なぜ考える時間を少し取ったのかと、アレスは不審に思ったが、

「本当。あの人と一緒に帰る」

 その疑問はすぐに氷解した。

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