第21話「武器を持つ資格」
武器屋の中はガラガラであった。閑古鳥が百羽くらい集まってきて合唱大会でも開けそうな勢いである。考えてみれば当然のことで、武器屋が活躍できるのは戦時。いざ戦となったときに、正規軍には国から武器があてがわれるわけだが、地方から徴兵された者は武器持参が原則である。そういう地方人のために武器を持たせてやるのが武器屋の役目なのだ。しばらく大きな戦争が無かったミナン国、中でもとりわけ平和なイードリで武器屋がもうからないのは至極当たり前の話であった。武器屋で使っている武器を扱うには熟練が必要であり、自衛のために持とうとするような者もいない。武器屋で長剣を買うくらいなら、家庭用ナイフや鍬のような使いなれたものの方がよっぽど身を守る役に立つ。
そういう破産への黄金の道が敷かれているのにもかかわらず、商売としてやっていけるのは、町の自警団へ装備品として武器を下ろしているのと、たまに来る冒険者へ、激戦につぐ激戦で疲れ切った武器を新しいものに交換してやっているからだった。
武器屋のおやじは見るからにやる気が無い。細長い脚を組んでカウンターに乗せ、椅子の上で優雅に本など読んでいる。二人が入っていっても本から目を上げもせず、空想世界を楽しんでいるようであった。アレスと手をつないだエリシュカが声をかけると、おやじは目の醒めたような顔をして、脚をカウンターから下ろした。本をその辺に置いてから、「ご用は?」とおざなりに声をかける。
「武器を買いに来たの」
「そりゃそうだ。武器屋に野菜を買いにくるヤツはいませんゼ」
おやじは自分で自分の冗談を気に入ったような笑みを作った。そのあと、アレスに目を向けて、
「何をお探しで?」
声をかける。アレスは首を横に振った。
「オレは何も探してない。オレは『呪われし一族』なんだ。知ってるか、オヤジ? 大地の神の祝福を受けられなかった暗い星回りの一族だ。オレは呪われた剣しか扱うことはできないんだ。呪いと共に生き、呪いと共に死ぬ。オレの顔を見ろ。見るからに悪そうな顔してるだろ?」
おやじは、まじまじとアレスの顔を見たが、あまり納得がいかないような目をした。アレスは、自分の顔が迫力に欠けることが分かって、がっかりした。
「一本ありますが、見ますか?」
「ん、何が?」
「いや、呪いの剣」
「……え?」
「持ち主が次々と不慮の死を遂げてきたいわくつきの剣が一本。おかしなことなんですが、持ち主はその剣を持つと、なんと全員その剣で恋人に殺されるそうです」
秘蔵の品も大概にしたが良い。さっそくカウンター奥に消えようとするおやじの服をアレスはむんずとつかんだ。それから、そんな剣は一生涯持つ気はないし、そもそも剣を探しているのは自分ではない旨、もう一度伝えた。
「え? じゃあ、こっちのお嬢さんで。冗談でしょ。いや、それはいくら何でも売れませんよ」
商売っ気がないばかりか客に嫌がらせまでする気かと邪推したアレスだったが、おやじは真剣な顔である。職業倫理というものだろう。剣は兵器であり、子どものおもちゃではないということだ。エリシュカは身を乗り出すようにして、自分がいっぱしの剣士であり、剣を売ってもらうに足る人間であることを主張したが、オヤジは首を左右に振るばかり。アレスも口をそろえてエリシュカに加勢したが、オヤジはなかなかに頑固だった。やがて、エリシュカはため息をつくと、それまでつないでいたアレスの手を放し、トコトコと近くの壁に寄った。
「そこにあるものなら売ってもいいですぜ、お嬢ちゃん」
壁のそばにある箱にまとめて刀が突っ込まれている。とはいえ、それは真剣ではなくて、バンブスという植物で作られた摸造刀である。主に剣士の稽古用に使われるもので、当然ながら殺傷能力は高くない。エリシュカは、バンブスの刀を一本抜いて、その場でゆっくりと大きく虚空を斬ったあと、カウンターへ戻ってきた。アレスは、二歩、後ろへ下がった。なぜか彼女のすることが手に取るように分かった。
「お嬢ちゃんみたいな別嬪は、そんなものを持つんではなくて、誰かに……ほら、ここの兄さんに持たせてかしづかれるのがお似合いだとは思いますがね。まあ、女性の力も強くなってきた時代だからねえ。知ってるかい、隣の国のヴァレンスを治めているのはお嬢ちゃんくらいの――!」
オヤジは息を止めた。
まるで突然宙から出現したかのように、バンブスの刀の先がピタリとオヤジの鼻先に向けられている。
その刀の柄を握っているのが年端のいかない少女であり、しかし、年は足らなくても剣の技量に不足は無いということを、オヤジは認めざるを得なかった。
「本調子じゃないから二度はできない。今度やったら多分あなたの鼻に当たる。鼻折ってもいいなら、同じことをもう一回やってもいい」
エリシュカは刀をおさめた。
オヤジはぶはっと、止めていた息を吐き出すと、鼻を折られるのは勘弁してほしいと言わんばかりにあとじさったあと、「な、何をお売りいたしましょう、お嬢様」と言って、手をすり合わせた。