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第18話「身支度を整えよう」

 アレスにあった選択肢は二つである。

 すなわち、戦わず逃げるか、戦って死ぬか。

 戦いを放棄してスタコラサッサ。この場合、誤解が原因であることだし逃げ出すことはけっして恥ではない。しかし、どこへ逃げるというのか。この町はアレスにとっては異邦。近くに逃げ込む所はないのだ。かといって故郷には帰れない理由がある。

 戦って雄々しく死ぬ。こんな選択肢はありえない。アレスは男の美学に酔うような人間ではない。もちろん、死ぬというのは大げさに過ぎよう。まさか、殺されはすまい。しかし、以前、自分にふらちな行いをしようとした男の腕を折ろうとした子である。そのときよりも今の方が怒りが大きいとすれば、腕の二本や三本は覚悟しなければならない。

 まさにアレスは進退きわまったと言うべきである。なにゆえ、平安をむさぼりつくせるはずの宿屋の中で究極の二択を迫られなければならないのか、意味が分からない。

「観念なさい、アレス。わたしのこと『好き』だって言ってくれた人に見苦しいことをして欲しくない」

 センカはすり足で間合いを詰めてくる。アレスはそのプレッシャーにあとずさるしかない。しかし、じりじりと後退していった先には壁があって、アレスの背は木の乾いた感触を捉えた。

「もう逃げ場はないわよ」

 見ようによっては黒髪の美少女に迫られているように見えなくもない。傍からはまことに羨ましい限りの状況にも見えた。しかし、アレスとしては猛獣に迫られた小ウサギのような気持ちである。アレスはこれまでの人生の中であまたあった危機一髪シーンを思い出して、「あんな危地からも生還したじゃないか」と己を鼓舞した。そうして、胸に空しさが広がった。というのも、これまで命を賭けなければいけない危険に打ち勝ってこれたのはけして自分ひとりの力ではなく、相棒の力が大きかったからだ。

 その相棒にちらりと目をやると、銀髪のズーマはなにやら傍らの少女に向かって小声で囁いている。相棒を助けもせず白髪の美少女とトークを楽しむ青年に、アレスは怒りを燃やした。オレを見殺しにする気かと思ったアレスだったが、それはズーマという青年を見そこなっていたといえる。

「センカ嬢、リシュ嬢が話したいことがあるそうだが」

 少し前傾姿勢になって今まさに飛びださんとしていたセンカがその言葉で姿勢を改めた。

 センカの後ろからエリシュカが小走りに近づいてきて、アレスの前に立った。それは、襲撃者からアレスを守ろうとするかのような立ち位置である。アレスに背を向けたままエリシュカは、センカに深々と頭を下げた。

「ゴメンナサイ。さっきのは冗談」

 その一言でアレスの命は救われたと言える。

「え、冗談?」

「うん、冗談」

 センカの細身の体から殺気が消えた。アレスは、ほっと息をついた。

「こら。ダメよ、女の子が体がどうこうっていう冗談なんて言ったら」

 センカはやけに明るい声を出すと、そうだ、と急に何かを思いついたような顔になって、

「えーと、あなたのお名前……そう、リシュちゃんね……リシュちゃん、その髪、()いてあげようか。あと、わたしのお古で良ければ服もあげる。そんなに背も変わらないから、大丈夫よ。さ、行きましょう、どんどん、行きましょう」

 そうまくしたてると、エリシュカの手を掴んで有無を言わせず、軽く引きずるようにしてその場を後にした。その間、センカは一度もアレスと目を合わせなかった。まことに良い性格をしている。

「ホントに例の墓碑銘を刻まれるかと思ったよ」

 アレスはズーマの元へと歩いて言った。そうして、

「お前のおかげで助かったぜ。やっぱり、持つべきものは相棒だな」

 爽やかに笑ってみせた。

「なんて言って、エリシュカを説得したんだ?」

「金だ」

 ズーマは短く言った

「……金?」

「そうだ。お前の命を助けてやればその代わりにお前から金が貰える、と吹き込んだんだ」

「それはエリシュカを動かすための方便だよな」

「そんなわけないだろ。わたしをウソつきにする気か? 払ってやれ」

「……いくらだよ?」

「彼女の必要なだけだ。……わたしだって金は無駄にしたくはない。しかし、お前の命には替えられんだろ。仕方ないことだ」

 そう言ったズーマは言葉とは裏腹にニヤリとしている。まるでアレスに金を出させ困らせることを楽しんでいるようだ。そんなことをして二人の旅費を減らせば結局は自分だって困ることになる、という頭は今のズーマに無いようである。相棒を見殺しにするよりは、相棒を使って遊び倒す、それがズーマという青年だった。そういう意味で、アレスはズーマを見そこなっていたのだが、どちらにせよロクでもない話なのであった。

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