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第17話「お金をください」

「これはわたしの問題。あなたたちには関係ない。だから言わない」

 そう言って、うーん、と伸びをする少女をアレスは不満げに見つめた。

 もちろんアレスにしてもどうしても彼女の事情を聞きたいというわけではない。人それぞれ色々なものを背負っている。他人がやたらと首を突っ込んでよいものではないだろう。しかし、隠されると知りたくなるのもまた人情。アレスは押してみた。

「キミさ、あんだけメシ食っといてそれは無いんじゃないか」

「ご飯は美味しかった。ご馳走様でした」

「うむ。なかなか礼儀正しくてよろしい……じゃなくてさ! ……って、なに、その手?」

 エリシュカはテーブル越しに片手を差し出していた。手の平を上に向けて、何かをよこせという風である。アレスは友情を与えてみることにした。エリシュカは重ねられた手をふん、と乱暴に払った。

「そうじゃなくて、お金」

「はい?」 

「お金ちょうだい」

 再び手を差し出すエリシュカ。

 その瞬間アレスは夜な夜な遊び歩くために金をせびろうとする不良娘を持った父親の悲哀を味わったという。

――作るなら男の子だな。

 アレスはこの場に全く関係のない決意にその身をふるわせた。

「なんでオレがキミに金をやらないといけないんだ」

「必要なの。服と剣が欲しい」

「いや、そうじゃなくてだな。その欲しいものを買うためのお金をなんでオレがやらなきゃいけないのかってこと。金っていうのは自分で働いてだな――」

「じゃあ、体で払う」

 お茶を飲んでいたアレスは思わずせきこんだ。

「……キミ、意味分かって言ってんの?」

「さあ、分からないけど、そう言っておけば男は金出すからそれを奪って逃げなさい、ってライザが言ってた。そんな男はお金を奪われても仕方ないヤツだから気にするなとも」

「誰なんだよ、そのライザってのは」

「組織の……!」

 エリシュカは瞳を大きくした。

 アレスはすばやく辺りを見回した。しかし、別段変わった様子はない。ちょうどお昼前の空いている時間帯なので食堂に他の客の姿は無い。ちょっと離れたところでセンカがシーツのようなものをカゴに入れてパタパタ動いているのが見えただけだった。念のため銀髪の青年にも目で確認してみたが、肩をすくめただけである。どうやらズーマにも異状は感じられないらしい。

 そういう心配をする必要が無いと分かったのは、

「危ない、危ない。わたしから事情を聞きだすために、ライザの話を振ったのね。あなたなかなか頭いい。見かけと違って」

 エリシュカの感心したような声のせいだった。

 無駄な緊張を強いられたアレスはがっくりと肩を落としながらも、

「何だよ、見かけと違ってって。しかも、ライザとかいうヤツの話を出したのはキミだぞ。オレが頭がいいんじゃなくて。そっちがアホなんだよ。アホ!」

 大人げないことを言うと、 

「わたしはアホじゃない。アホっていう人がアホ」

 子どもじみた返答が返ってきた。そのあと、

「そんなことより、はやくお金出してよ。体で払うから!」

 大音声でのたまった。

 そのときである。

 背後に言い知れぬ殺気を感じたアレスの目に、両の拳を合わせたズーマの姿が映った。しかも瞳を閉じている。両拳を合わせ瞑目するのは大地の神への祈りであった。相棒は一体何を祈っているのだろう、とアレスは考えたりはしなかった。相棒が祈りを捧げてくれるとしたら自分に関することしかない、という自信がある。全く無用の自信が。

 ギコギコと錆びた蝶番(ちょうつがい)が出すような音が、確かに聞こえてきそうなほどぎこちない動きでアレスは後ろを向いた

 二歩離れた場所に、天上の笑みを浮かべたセンカが立っていた。その微笑みを見るだけで天に昇っていけそうな風情である。

 アレスはごくりと唾を飲みながら椅子を立った。

「セ、センカさん。何か誤解してますよ、きっと」

「誤解してたのは、今までよ。あなたのこと、いい人だと思ってたのに」

 「それは確かに誤解だな。こいつは女好きの変態だ」というズーマの絶妙な合いの手が入ったが、文句を言える状態ではない。そんな暇はない。アレスは努めて平和的にこの場を乗り切ろうとした。センカは何かしらよろしくない想像をしている。しかし、それを指摘しても詮無いこと。女の子に理屈は通用しない。頭をフル回転させたアレスは、

「あれ、怒ってるってことはさ……もしかして、センカ、ヤキモチ?」

 底の浅さを存分に見せた。

 センカの顔は天使から一転魔女へと変わった。

「ヤキモチですって? それ以前の問題でしょうが! 助けた女の子にお金で体を要求するなんて、このゲスヤロウ!」

「落ちつけ、センカ」

「問答無用!」

 電光石火のスピードでセンカが踏みこんできた。踏みこみつつ、くるりと背を向ける。彼女が背を向けたそのときには、既に左手でアレスの右袖を引き絞っている。そのままセンカは自分の右腕をアレスの右わきに入れるようにした。

 片方の腕が完全にロックされたアレスは自分から飛んだ。その反応が一瞬でも遅れていたら、いつぞやの男と同じ運命をたどっていたことだろう。アレスは宙でくるりと体を回転させると、背中からではなく両脚で着地した。センカと向き合う格好になる。アレスはここぞとばかりに片腕に力を入れて、センカの手を振り払った。そのまま後ろに距離を取る。

「ほお、センカ嬢の一本背負いをかわしたぞ。なかなかやるな、アレスも。これはいい勝負になるかな。きみはどう思う、リシュ?」

「ただのまぐれ。次はない」

 勝手なことを言う外野の声が、アレスの耳にどこか遠くのほうから聞こえてきた。

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