第15話「再び目覚める少女」
アレスはぐったりとした少女を抱き上げるとベッドに寝かせて、毛布をかけた。
「センカも無茶するよなあ」
「いい突きだったから、つい本気になっちゃったのよ」
てへ、という感じで舌をぺろっと出すセンカだったが、可愛らしさを感じる仕種ではない。
「ズーマさんが面白いものが見られるって言ったから来たんだけど、本当にその通りだったわ」
「ズーマが?」
「うん」
アレスは心の中で舌打ちした。
――あいつ、全部分かってたな。
「でもさあ、何で剣なんか向けてたの。ちょっとやりすぎなんじゃない?」
足払いで人を気絶させるような子に言われても説得力が無かったが、そんなことを言って抗弁するわけにもいかず――あとが怖いので――一部始終を話した。
センカは不思議な顔を作った。
「剣士が剣を部屋に置いてくなんてどうかしてるよ、アレス」
「それはその通りなんだけど、こいつはただの剣じゃないんだ」
アレスは声をひそめた。
「人の魂を喰らう魔剣なんだよ。あんまり持ち歩きたいものじゃない」
「魔剣……?」
「そう言えば、言ってなかったな。オレの旅の目的はこの剣を封印することなんだ。この呪われし剣をね。それが一族最後の男子であるオレの役目なのさ」
ニヒルな微笑を作るアレスの頬が軽く張られた。
「え、なんで?」
「ダメでしょーが。そんな危ない物、女の子の部屋に置いといたら」
「え、そっち?」
アレスはおそるおそる切り出した。
「あの、オレの話の方に興味無いの? 一族って何なのか、とか。魔剣って何、とか。封印ってどうするの、とかさ」
「だってウソなんでしょ?」
アレスは、自分の頭を自分の拳で軽くこつんと叩いて、えへへと笑って見せた。
センカの繊細な手がぽきぽきという不吉な音を立てたので、アレスはすばやく笑みを収めた。
「ズーマに預けておいたんだよ。あいつがこの部屋に置いてったんだ。あいつのせいだね」
「他人の所為にしないの!」
「はい、ママ」
「プレゼントくれたから、一回だけ許してあげる。でも……次は無いよ」
センカの冷え切った声に、アレスの首は信じられないスピードで縦に振られた。
白髪の少女が再び目覚めたのは、それから三十分ほどしてからのことだった。
センカは宿の仕事に戻り、一人で少女の寝顔を見ていたアレスの元へ朝食を取り終えたズーマが優雅に合流した。その直後のことである。目が開いた途端に、彼女はガバッと身を起こした。おそろしく行動派な子である。それから近くに二人の男がいるのを認めると、ベッドの上で身を固くした。
話しかけようとしたアレスをズーマは手で止めると、もう一方の手を少女にかざして、
「『祖の霊を祭るみたまやに座れ……安らげ』」
ひそやかに呪文を唱えた。
すると、キッときつい感じだった少女の眉のあたりがやわらいで、緊張が取れた様子が見えた。
アレスが疑問の目を向けた。
「人をリラックスさせる呪文だ。お前には教えてない。身持ちの固い女性に対して悪用するおそれがあるからな」
失礼なことを言われて憤然としたアレスだったが、少女が心穏やかになってくれたようなのでひとまずは安心した。もう大立ち回りを演じる必要はないらしい。
「わたしはズーマ。こっちの小汚いのがアレスだ」
思わず握りしめた拳はあとのためにとっておくことにしたアレスである。
ズーマが聞いたことも無いような優しい声で言った。
「名前を教えてもらえないかな。わたしたちは君の味方だ」
その声に誘われるように、少女は口を開いた。
「……エリシュカ」
鈴の鳴るような清涼な声である。とっても人の喉に突きを喰らわそうとした女の子のものとは思えない。
「リシュって呼んで」
初めから愛称の催促とはずうずうしい。いや、あるいはそれだけズーマの呪文が効いているということなのか。
ズーマはうなずくと簡単に現状を説明した。昨夕、彼女が山賊団に追われているところに偶然出くわしたこと。「か弱い乙女を助けねば」という九割の義憤と、「山賊倒して、賞金ゲット!」という一割の私欲――この割合には他の有力説もある――のために彼女の窮地を救ったこと。その後、ここイードリの宿に連れて来たこと。
一通り話を聞き終わったエリシュカは、ベッドの上に正座して居ずまいを正すと深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
それから頭を上げると、後悔を宿した目でアレスを見た。
「そうとも知らず、ゴメンナサイ。斬りかかったりして」
謝罪は素直に受けたアレスだったが、どうにも釈然としないものを覚える。先の乱闘のとき、結構、言葉を尽くしたつもりだったが。
「敵の言葉は信用しない」
――敵!?
「わたしに味方はいない。わたし以外の人はみんな敵。起きたら足音がしたから、とりあえず入ってきた人を殴り倒して逃げるつもりだった」
その言葉にも納得がいかない。
「待て待て。キミが斬りかかってオレが避けたとき、オレはこのベッド側、キミは開いたドア側にいたんだぞ。逃げようと思えばドアから飛び出せただろう」
「あなたが素直に殴られないから、頭に血が上ったみたい。どうしてもあなたを倒してからじゃないといけないって思ったの」
アレスは頭がくらくらするのを覚えた。寝乱れた姿にも関わらず、清爽な容姿を持つ少女である。それなのに言動がルックスを大きく裏切っている。
アレスは目の前の少女を新たに「残念な美少女」候補に加えることにした。