第13話「目を覚ました少女」
なんだか食欲がなくなったアレスは厨房にお茶だけ頼んでテーブルについた。
前の席にズーマが腰を下ろす。
「あの子は?」
「まだ寝ている。ときどき苦しそうにうわ言を漏らしている。よほどお前に蹴られたのがショックだったのだろう」
「そんなわけあるか。……それにしても、何者だ? 山賊団に捕えられたところを逃げて来たっていうのが一番ありそうだけど」
「何か分かったか?」
アレスは椅子の背もたれにもたれかかろうとして、この椅子が背なしの丸椅子だということを思い出した。
「とりあえず、めぼしい賞金首リストの中には上がってなかった。彼女は賞金首じゃない」
「探し人リストの方は」
「載ってない」
「探し人リスト」というのは、各地の失踪者を記載したリストである。冒険者協会に言えば、礼金の額とともに、探してもらいたい人間をリストに載せることができる。協会所属の冒険者が失踪者を見つけると礼金がもらえるという寸法である。
「ふむ。まあ、それだけ分かればいい。十分だろう」
言葉とは裏腹に皮肉げな笑みを浮かべるズーマに、アレスは批難の目を向けた。
「これ以上のことは、冒険者協会では調べられない。情報屋協会にでも聞かないと無理だ」
「しかし、そんな金は無い」
「その通り。だから、あの子に直接聞くさ」
「聞いて、それからどうする?」
と言われると、そのあとのことは何も考えていないことにアレスは気がついた。昨夜から今日にかけてのことは全てなりゆき任せの話。山賊に少女が追われているというシチュエーションで少女側につき、気を失っていたから宿まで連れて来たというのはアレスにとっては全く自然な流れであって、しかしそれ以上のものではなかった。
ズーマは釘を刺すように言った。
「妙なことを考えるなよ、アレス。われわれは慈善事業家ではないのだからな」
「お前に考えるなって言われると、何であれ考えたくなるんだよなあ。それにオレってば、正義の味方だからさ」
「初耳だな。女の味方の間違いじゃないのか。実に嘆かわしいことだ。相棒が女好きというのは。お前の女好きのせいで、今こうして旅をしているということを忘れたわけじゃあるまい?」
「どっかで聞いたセリフだなあ。しかも、別に女好きのせいじゃないし。さらに、オレは女好きじゃない。見境ないような言い方やめてくれ。オレは、可愛い女の子が好きだ」
アレスは胸を張った。しかし、別に威張ることでもない。
「ま、話を聞くさ。聞いたあとはやりたいことをするだけだ」
食堂は基本的にセルフサービスであるにも関わらず、二人のテーブルまでお茶を運んできてくれた者がいた。ガタイの良い二十代半ばの男である。宿の従業員の一人で、よほど信頼されているのか、サカグチ氏から直々の指図を受けている様子がよく見られた。
「お待たせしました」
カップとポットを持つ様子が堂に入ったものであったにもかかわらず、カップがアレスの前に置かれるときがちゃがちゃと大きな音が立った。
「あ、申し訳ありません」
悪いと思っているにしてはいかにも空々しい声であったので、アレスが上を向いたところ、男のねめつけるような目に暗い炎が見えた。恨みに燃えているような目である。彼とはあいさつ程度しか言葉を交わしたことがないので、恨まれる筋は無い。訳の分からないアレスが事情を確かめるために声をかけようとしたところ、それを嫌うように男は背を向けて立ち去った。
「何だよ、あいつ?」
ポットから注いだ渋めのお茶をすすりながら言うアレスに、ズーマがにやにやした顔を向けた。
「言えよ」
アレスが促すと、
「あれがかの有名な『男の嫉妬』というやつだ」
ズーマは長い銀色の髪を手できざったらしく払いながら答えた。仕種の意味が全然分からない。
「何でオレが嫉妬されなきゃいけないんだよ?」
「身に覚えは?」
「ない」
断言するカットに、ズーマは苦笑した。
「それがお前のいい所でもあり、悪い所でもあり、アホな所でもある」
「何でマイナス要素の方が多いんだよ」
お茶を飲み終えたアレスは白髪の少女の様子を見に行くことにした。ズーマは朝食を取るというから置いておいた。少女の部屋は一階にある。アレスの部屋は三階にあるのだが、昨日は危急のことだということでサカグチ氏が気を回して一階にある部屋を提供してくれたのである。見も知らぬ訳ありの子をどんと一泊させてやるところに氏の大きさが見える。しっかり一泊分の料金は取られるだろうが、まあこれは仕方ないだろう。
何度かノックをしても返事が無かったのでまだ寝ているのかと思ったアレスだったが、とりあえず顔だけでも見るかと思ってドアを開けたときのことだった。
室内に一歩足を踏み入れたアレスの横から、
「せやっ!」
小気味良い掛け声が響いてきた。