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第9話「『鉄の天馬』亭」

 そんなイードリ市のメインストリート、両脇に商店が立ち並ぶ大通りをアレスはご機嫌で歩いていた。やろうと思えばスキップさえできそうな勢いである。空は抜けるように青く、爽やかなそよ風が頬を撫で、そして何より腰に吊るされたちょっと重ための革袋。財布である。小金は人を幸せにする、というのは彼の得た真理の一つ。文無しは論外であるが、幸せになるには大金もいけない。トラブルの元。「それは君が小市民だからさ。大金の使い道を知らないんだよ」と言われれば、その通りだとアレスは首肯(しゅこう)する。しかし、そのあとにその言ったヤツをぶん殴るだろう。真実は人を傷つけると知れ。

 昨日、少女を背負って町に戻ったあと、冒険者組合に届け出て、暇な組合員と自警団を出動させて、河原に寝転んでいるロート・ブラッド山賊連をきれいに川岸からさらってきた。そうして、先ほど、組合に出向し――というのも昨夜はもう夜遅かったからである――報奨金から組合手数料を引いた分を換金してもらってきたのである。いい金になった上、このあたりを根城にしている悪質な山賊団の人数が減ったということで、組合支部長に感謝までされた。

 アレスはルンルン気分で街路を歩きしばらくしてから、宿屋にしている「(くろがね)の天馬」亭の扉を開いた。ミナン国は小さな領土のほぼ全てが商業の中継地として機能しているという関係上、他国の国人を迎えて気持ち良く取引をしてもらうための施設が多い。当然、宿も多い。国全体が、一つの宿場町であると思ってもらっても良い。ここイードリにも多くの宿があって、その中でどの宿を選ぶか、アレスの基準は単純明快だった。

「看板娘が可愛いところにしよう!」

 アレスはお年頃の少年としてそれは当然の判断であると胸を張った。その時の財布の状態は現在とは違い、路上で女の子を引っかけようとするナンパ男のごとき軽さであったのだが、それにもかかわらず財布とまず相談しようとしないところが彼の経済観念というものがどの程度のものなのかということをよく表している。ズーマは時の経済状況を考えて反対したのだが、アレスは押し切った。

「民家の馬屋(うまや)で寝ればいいのだ。この甲斐性無しめ」

「嫌だ。ちゃんとしたところで寝る。野宿続きだったんだから、たまにはいいだろ。金は協会で稼いでくる」

「見込みでものを言うな。実際に稼いできてから言え」

「うるさい! オレが信用できないのか。黙ってオレの好きにさせろ」

 生活費をロクに入れないチンピラ亭主然としたことを言ったあと、アレスは等級を問わず、何軒かの宿を見て回って、先の条件に照らし合わせて一番良いところを選んだ。それが、ここ「鉄の天馬」亭であった。イードリの中では中級くらいの宿である。町の中心部からちょっとだけ外れたところにある、煉瓦造りの四階建て。

 扉を開けて中に入るとすぐの所にカウンターがあり、宿屋の主人サカグチ氏がいた。いかにも商売人らしい、油断すると知らぬ間に高額商品でも売りつけられてしまうのではないかと思うほど、人の警戒心を解く温和な笑みを浮かべている。

「お帰りなさいませ。協会の方ではうまく行きましたか、アレス様?」

 アレスは慄然(りつぜん)とした。なぜ、今日、協会で報奨金を受け取ることを知っているのか。これはトップシークレットのはずである。

「いえ、先ほどね、ズーマ様にお聞きしたんですよ」

 アレスはぎりりと奥歯を噛んだ。商人の前で金の話をするとは。腹をすかせたリーグルの前にぴょこんと現れたウサギがどうなってしまうか、そんなことも想像できないのか。

――余計なこと言いやがって、ズーマのやつ。おしゃべり好きの主婦か、あいつは!

 にこにこ笑顔のサカグチ氏からアレスは目を逸らすと、

「くっ、オレは何も買わないぞ、おやじ」

 小さく、しかしはっきりと言ってそそくさとその場を後にした。サカグチ氏は、えっ、という不思議な面持ちを作ったが、既にそちらを見ていないアレスである。

 カウンターを通り過ぎると、食堂兼酒場に入る。朝の光が満ちる食堂には、四人掛けのテーブルが十台ほど置いてあって、何台かのテーブルで朝食が楽しまれていた。焼き立てのパンの香ばしいにおいなどが漂ってきて、アレスは空腹を覚えた。そう言えば、今日はまだ食事を取っていない。食堂に併設された厨房に食事の用意を頼みに行こうとしたところ、アレスは横から声をかけられた。

 振り向いたアレスの瞳に、この宿を選んだ理由がすらりと立っているのが映った。

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