記憶の中の君
あのファームステイを境に、僕たちは互いを恋人として受け入れ、認め合うようになった。
週末は二人だけで過ごすようになった。ルミコさんは僕たちに気を使って距離を取るようになった。
ボンダイ・ビーチの遊歩道を歩き、シドニーの街並みをどこまでも散歩した。オペラハウスの白いタイルを眺め、ハーバーブリッジに登り、パディントン・マーケットの賑わいを楽しんだ。
あれから三十七年の歳月が流れた。
今、記憶の断片の中から彼女の姿を呼び戻そうとするとき、僕の意識はいつも決まってダーリングハーバーへと辿り着く。
目を閉じれば、湾にかかる歩道橋の上で、彼女が僕の隣を歩いている光景が浮かび上がる。
彼女はいつも僕の左側を歩き、時々、急に立ち止まり、手に持った缶コーラを一口飲んでこう言う。
「歩きながら飲めへんもん」
あれほど多くの時間を分かち合ったはずなのに、不思議なことに、僕が思い出そうとする時の彼女はいつもその一場面から始まる。
そしてその記憶さえも、時の経過とともに、どこまでが真実でどこからが僕の作り出した幻影なのか、その境界線は曖昧になりつつある。
ある日、シドニーの街を歩いていると、日本から来た新婚旅行のカップルに呼び止められた。
「新婚旅行ですか?」と彼らは僕たちに尋ねた。
僕たちは少し照れながら、「まだ付き合っているだけなんです」と答えた。
彼らと別れたあと、二十歳の僕はチエミちゃんに尋ねてみた。
「僕たちも新婚さんみたいに見えるのかな?」
「アキバくんが二十歳に見えんからやよ」と彼女は事もなげに言った。
僕は少し驚いた。「そんなに年上に見えるの?」
「最初からそうだったよ。二十歳には見えんかった」
僕は子供である自分に悩み苦しみ、大人にならなければならないと考えて日本を離れた。
僕が気づかないうちに、僕の中の何かが少しずつ形を変え、僕は少し大人になったのかもしれないと感じた。
ある日の午後、僕たちはボンダイ・ビーチの遊歩道を散歩していた。
そこでひょんなことから、日本から来た一組の家族連れと行動を共にすることになった。
彼らには小学生くらいの娘がいた。
その女の子は僕の顔をじっと見上げると、何のためらいもなく僕を「おじさん」と呼んだ。
それはあまりにも唐突で決定的な響きを持っていた。
僕は自分がそのとき、どんな顔をしたのか自分でもわからない。
ただ、彼女はその一瞬の僕の表情から、何かしらを察し感じ取ったようだった。
次から、彼女は僕を「おにいさん」と呼び変えた。
いったい僕はその子の前でどんな顔をしたのだろう?
そう思うと少し恥ずかしくなった。
その出来事をチエミちゃんに話すと、
「アキバくん、そんなにショックやったん?」と彼女はいつものハスキーな笑い声で言った。
僕はうまく答えることができなかった。
子供から大人になりたいと思っていたけれども、二十歳の僕にとって、「おじさん」と呼ばれることは今までに一度も想像していない事だったからだ。




