エビフライ
五月中旬、ブロンテ・ビーチでのあの騒がしいパーティーの余熱が冷めた頃、アサハラさんが日本に帰ることになった。
ある日、彼は僕に重い口を開いた。
滋賀から一緒にやってきたサイキさんとは、このところ決定的な不協和音を奏でていた。
激しく罵り合うような喧嘩をするわけではない。
ただ、お互いの間に抜き差しならない沈黙が横たわり、目に見えない距離が少しずつ広がっているのは僕の目にも明らかだった。
「オーストラリアでの生活に、これ以上意味を感じられなくなったんや」と彼は言った。
このままでいいのか。
自分はここで一体何をしているのか。
日本を離れて半年、彼はそんな出口のない問いに絡め取られていた。
僕はかつてニュージーランドで同じような無力感に苛まれ、一度日本に帰ってリセットしてからこのオーストラリアへ渡ってきた経緯を彼に話した。
僕の言葉には、実体験に基づいたある種の説得力があったのだろう。
彼は僕の話を静かに聞き入っていた。
だけど、僕の本当の気持ちは違った。
彼がいないほうがチエミちゃんともっと親しくなれると思っていた。
後ろめたさを感じながらも、僕はあえて平静を装い、背中を押すように彼に告げた。
「一度、日本に帰ったほうがいいよ」
そのアドバイスが彼の事を考えた純粋な気持ちから出たものではないことを、僕は鏡の中の自分を直視できないような気分で自覚していた。
アサハラさんが日本に帰ってから数日後のことだったと思う。珍しくフラットの電話が鳴り、リビングにいたサイキさんが電話に出た。サイキさが僕を呼んだ。受話器から聞こえてきたのは、チエミちゃんの声だった。彼女から電話がかかってくるなんて、これまで一度もなかった。どうしたんだろう、と僕は思った。
「ねえ、アキバくんは電気のことに詳しい?」と彼女は尋ねた。 「どうしたの?」と僕は聞き返した。 「ステレオのスイッチを入れても、音が全然出ないのよ」 僕は、心の中で彼女の家に行くためチャンスだと思った。「とにかく、見てみないことにはわからない」と僕は答えた。翌日の午前中、僕はチエミちゃんの住む家を訪ねた。彼女はオペアとしてホームステイをしていた。一種の家事手伝いのような仕事だ。僕のフラットからは、歩いて三十分ほどの距離にあった。約束の時間にベルを鳴らすと、彼女は裏口から姿を現した。表玄関は普段は使わないのだという。僕たちはキッチンの横にある裏口ドアで靴を脱いで家に入った。キッチンとダイニングを通り抜けると、家の真ん中にリビングルームがあった。彼女はそこにあるステレオを指差し、「これなの」と言った。僕は特別に電気関係の事が詳しい訳ではなかったけれど、とりあえずスイッチを入れてみた。電源ランプは点灯したが、そこには音の気配のようなものがひとかけらもなかった。ステレオを裏を覗いてみると、そこにあるべき配線がキレイにになくなっていた。「これじゃ音は鳴らないよ」と僕は言った。彼女には心当たりがあるようだった。「たぶん、この家の夫婦が離婚するでやわ」と彼女は言った。彼らは荷物の整理を始めたらしい。離婚という言葉は、その時の僕にとっては、どこか遠い出来事のように響いた。「アキバくん、まだお昼食べとらんのやろ?」と彼女が言った。僕は朝から何も食べていないことを正直に伝えた。「お礼になんか作るわ。ちょっと待っとって」
僕はダイニングテーブルの椅子に静かに腰かけ、彼女はキッチンで調理を始めた。十五分か二十分の間、僕はキッチンから聞こえてくる音に耳を澄ませていた。冷蔵庫が開閉される音。食器が置かれる音。フライパンがコンロに乗せられる音。 僕の場所から彼女の姿は見えなかったけれど、彼女が傍にいることを感じ取ることができた。彼女は時折、キッチンから顔を出して「もうすぐできるでね」と僕に微笑んだ。
料理が完成すると、彼女は棚の引き出しからランチョンマットを取り出し、テーブルに敷いた。
メインはエビフライだった。それに味噌汁と、炊きたての白いご飯。三本のエビフライは、丁寧に刻まれたキャベツを背にして、規則正しく並んでいた。
彼女の作るエビフライには、ちょっとした工夫が凝らされていた。衣に細かく刻んだ春雨が混ぜてあるのだ。パン粉と春雨が組み合わさることで、その食感は驚くほどサクサクとして、それでいてパリパリとした心地よい余韻を口の中に残した。
「すごく美味しい」と僕は正直な感想を伝えた。それは僕にとって、ずいぶん久しぶりの、血の通ったまともな食事だった。味噌汁は赤味噌だった。僕はそれが少し珍しくて、「赤味噌なんだね」と口に出してみた。
「普通は赤味噌やて」と彼女は事も無げに言った。
僕の知る関東の街では合わせ味噌が一般的だったけれど、彼女が育った岐阜県では、赤味噌を用いるのが当たり前の日常なのだ。
僕の日常と彼女の日常に違いがあることに少し驚いた。僕は赤味噌の味噌汁に慣れないといけないと思った。




