ブルーマウンテンズ
翌日も、僕は期待を膨らませて英会話教室へと足を運んだ。
教室に彼女の姿を見つけたとき、僕は安堵し、そして素直に嬉しかった。
授業が始まると、講師が生徒たちの中からランダムに一人を選び、順番に簡素な質問を投げかけていった。
出身地はどこか、そこはどんな場所か、何が有名なのか。
型通りの、けれど実用的な質問の数々だ。
やがて質問の順番が、彼女へと回ってきた。
彼女は英語で、自分は日本の岐阜県から来たと答えた。
そこには木曽川という大きな川が流れていて、「鵜飼」で有名な場所なのだという。
当時の僕にとって、岐阜県と言われても馴染みのない地域でしかなかった。
頭の中で日本地図を広げてみても、長野県の隣、愛知県の上、それくらいのあやふやな位置関係しか思い浮かばなかった。
具体的なイメージを繋ぎ合わせることができなかった。
彼女がそのとき「鵜飼」を英語でどう表現していたのか、今の僕にはどうしても思い出すことができない。
授業が終わると、彼女は昨日と同じように、決まった時間のバスに乗って去っていった。
英会話教室が終わると、僕はアサハラさんと連れ立って、ボンダイ・ジャンクション駅のすぐ近くにあるプールバーへ足を運んだ。
ガラスがはめ込まれたの重い扉を押し開けると、そこにはU字型の立派なカウンター席があり、中ではバーテンダーがグラスを磨いていた。
カウンター席には、昼間からビールジョッキを相棒にしている中年の白人男性の姿があった。
その光景は、まるで時間の流れがそこだけ少し停滞しているかのように見えた。
店の奥には広々としたスペースがあり、三台のビリヤード台が深い緑色のラシャを湛えて並んでいた。
台のコーナーポケットの近くにはコインを投入するスロットがあり、一ドルの硬貨を滑り込ませると、ゴトゴトと低い音を立てて十五個のボールが台の下から吐き出された。
当時の日本では時間単位で料金を払うのが一般的だったけれど、ここシドニーでは一ゲーム一ドルという、きわめて明快な仕組みが主流だった。
その頃、日本ではトム・クルーズ主演の映画『ハスラー2』の熱狂的な影響でナインボールが流行の先端を走っていた。
でも、オーストラリアのパブやプールバーで日常的に指されていたのは、昔ながらの「エイトボール」だった。
夕方が近づくにつれ、店には少しずつ人が増えてきた。
そんな時は、地元のオージー(オーストラリア人)に誘われて一緒にゲームをすることもあった。
彼らとの簡単な言葉のやり取りは、僕にとって生きた英語の、ちょっとした練習台になった。
そうして僕は、ボンダイ・ビーチの潮風と、この街特有の緩やかな生活のリズムに、少しずつ馴染み始めていた。
英会話教室に通い始めてから、チエミちゃんが男性と親密に言葉を交わす場面を、ほとんど目にしたことがなかった。
彼女はまるで自分自身の周りに目に見えない透明な境界線を引いているかのように、異性に対して一定の距離を置いていた。
そんな彼女の隣には、いつもルミコさんが静かに座っていた。
二十七歳くらいだろうか。
おっとりとした女性だった。
ある日のこと、アサハラさんがひとつの提案を口にした。
「レンタカーを借りて、みんなでブルーマウンテンズまで日帰り旅行に行かへんか?」
僕もその計画によろこんで賛同した。
それは僕にとって、彼女との距離を縮めるための、とても有効な手段のように思えたからだ。
授業が終わり、チエミちゃんとルミコさんが並んで歩いているのを見計らって、僕たちはその計画を切り出した。
ルミコさんはパッと顔を輝かせ、「楽しそう、行きたい」と弾んだ声で答えた。
その隣で、チエミちゃんは「しょうがないな」という、諦めを含んだような表情を浮かべていた。
彼女にとってその誘いは、親しい友人の手前、断る理由を見つけるのが少しばかり厄介な、避けがたい日常のノイズのようなものだったのかもしれない。
アサハラさんは国際運転免許証を持っていて、週末に一台のレンタカーを借りてきてくれた。
それはトヨタのハイエースか、あるいは日産のキャラバンのような、どこか日本の日常をそのまま運んできたような大柄な車だった。
三列シートの運転席でアサハラさんがハンドルを握り、僕はその隣の助手席に収まった。
二列目にはチエミちゃんとルミコさん、そして三列目にはフラットのシェアメイトであるサイキさんが座った。
サイキさんも以前その英会話教室に顔を出していたことがあり、彼女たちとはそれなりの面識があった。
ブルーマウンテンズは、シドニーから車を一時間半ほど走らせた場所にある国立公園だ。
僕は『地球の歩き方』の一ページに載っていた頼りない小さな写真以外、そこがどんな場所なのかを具体的に知らなかった。
そこには「スリーシスターズ」と呼ばれる三本の奇妙な岩柱が写っているだけだった。
車内という密閉された空間は、とりとめのない会話を交わすには絶好の舞台だった。
アサハラさんとサイキさんは生粋の関西人らしく、実によく喋った。
僕は彼らの小気味よいリズムに乗りながら、時折二列目のチエミちゃんにも言葉を投げかけた。
そのやり取りの中で、彼女が僕より三歳年上であることを知った。
彼女の声は少しハスキーで、柔らかな岐阜の訛りを含んでいた。
僕は彼女の何気ない会話を聞いているだけで心が暖かくなり、とても落ち着くのを感じていた。
いつもの英会話教室では決して触れることのできなかった、彼女の自然な言葉の響きを僕は楽しんだ。
ブルーマウンテンズまでの距離は、彼女との会話があまりに心地よかったせいで、実際の距離よりもずっと短く感じられた。
駐車場に車を停め、僕たちは連れ立ってスリーシスターズを望む展望台まで歩いていった。
柵の向こう側には、今までに見たことがない、圧倒的な大自然の光景が横たわっていた。
広大なユーカリの原生林がどこまでも続き、遠くの山々は微かな青みを帯びていた。
その時、僕は初めて、オーストラリアという大陸の途方もない広さを肌身で感じ、ただ圧倒されていた。




