表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

第十五話:氷の宰相の幸福な誤算

 季節が巡り、アルフレッド殿下の教育は、見事な実を結んだ。彼は、かつての未熟な少年ではなく、民を思い、国の未来を真に憂う、思慮深い次期国王へと成長を遂げていた。


 その成果を認めた国王陛下は、王宮の大ホールに全ての貴族を集め、公式な宣言を行った。


「王太子アルフレッドの成長は、偏に、宰相ブラックウェル卿と、エレノア・マーシャル嬢の尽力によるものである! 二人は、この国に新しい時代の礎を築いた、真の功労者だ!」


 そして、陛下は満面の笑みで、こう続けた。


「よって、ここに、二人の結婚を、王家が全面的に祝福することを宣言する! この吉事は、国の新たな門出を祝う、希望の象徴となるだろう!」


 私たちの婚約は、もはや政略的な契約ではない。国中が祝福する、真実の愛の物語として、新たな章を迎えたのだ。


 結婚式の準備に追われる日々の中、私は、リアム――今では、二人きりの時にそう呼ぶことが許された、愛しい人の書斎で、自らデザインしたウェディングドレスの最後の仕上げをしていた。


「エレノア。君の最初の『提案』は、私がこれまで目にした中で、最も大胆不敵な政治的策略だった」


 私の作業を眺めながら、リアムが、楽しそうに言った。


「そして私は、その策略に、完璧にはまってしまったわけだ」


 かつての氷の宰相の面影はなく、そこには、ただ一人の女性を、愛おしそうに見つめる、一人の男の顔があった。


 結婚式当日。


 王都の大聖堂は、国中の要人たちで埋め尽くされていた。


 大聖堂の重い扉が開かれ、父のエスコートでバージンロードを歩む私の瞳には、祭壇の前で私を待つ、リアムの姿しか映っていなかった。


 私たちは、神の前で、自らの言葉で誓いを立てた。


「わたくし、エレノア・マーシャルは、かつて、書物の中に描かれた物語を知っておりました。ですが、リアム、あなたが教えてくれましたわ。本当の未来とは、自らの手で書き記すものであると。憧れの登場人物を救うという使命は、いつしか、あなたという一人の男性への愛へと変わっておりました。私の知識と、忠誠と、そして愛のすべてを、今日この日から永遠に、あなたに捧げることを誓います」


 リアムもまた、その氷の瞳を、極上の熱で溶かしながら、私に誓ってくれた。


「私、リアム・ブラックウェルは、かつて、世界を敵と駒が並ぶ盤上としてしか見ていなかった。だが、エレノア、君が、そこに生きる人々の心と、愛と、未来があることを教えてくれた。私は、契約によって『武器』を得たつもりでいたが、見つけたのは、生涯を共にする、ただ一人の『女王』だった。私の人生と、名誉と、この心の全てを、私の唯一のパートナーである君に捧げる」


 交わした口づけは、契約の証でも、政治的な見せ物でもない。深く、そして永遠を誓う、真実の愛の形だった。


 ――そして、数年後。


 宰相官邸の陽当たりの良い庭で、私は、木陰のベンチに座り、穏やかに読書をしていた。その少し先では、私の愛する夫が、チェス盤を挟んで、小さな男の子と真剣勝負を繰り広げている。銀色の髪を父親から、輝くような快活な瞳を母親から受けついだ、私たちの息子だ。


 時折、庭を訪れるアルフレッド殿下――今や、国民から厚い信頼を寄せられる、立派な王太子――が、その様子を微笑ましげに眺めている。


 チェス盤から顔を上げたリアムが、私に気づき、微笑む。それは、かつての世界で誰も知らなかった、私と、私たちの家族だけに見せてくれる、陽だまりのような笑顔だった。


 私は、読んでいた本を、そっと閉じた。


 私が知っていたゲームの物語は、もう、とっくに終わっている。


「王太子との婚約を破棄して、物語の悪役を救いに来たはずが」


 夫と息子の笑い声を聞きながら、私は心の中で呟く。


「まさか、どんなおとぎ話よりも素敵な、自分だけのハッピーエンドを、この手で書き上げることになるなんて」


 それは、偽りの婚約から始まった、私の人生で、最高に幸福な誤算だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ