表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第一話:最高の婚約破棄(グッド・エンディング)

 王立学園の卒業記念パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑するその中心で、私は人生最大の茶番劇の主役にされていた。


「エレノア・マーシャル公爵令嬢! 俺は貴様との婚約を、今この場で破棄する!」


 高らかにそう宣言したのは、この国の王太子であり、私の婚約者であるアルフレッド殿下。その隣には、か弱い子鹿のように震える男爵令嬢が寄り添っている。ああ、なんて陳腐な光景。


「貴様のその傲慢な態度に、私はずっと耐えてきた! 真実の愛を見つけた今、貴様のような女を妃に迎えるわけにはいかないのだ!」


 アルフレッド殿下の糾弾の声が、音楽を止めたホールに響き渡る。周囲の貴族たちの同情や好奇の視線が、私に突き刺さる。


 普通なら、絶望に打ちひしがれる場面なのだろう。


 だが、その瞬間。私の頭の中に、まるで雷が落ちたかのような衝撃が走った。


(……え? このセリフ、このシチュエーション……。乙女ゲーム『蒼き月の騎士と永遠の愛を』の共通ルート、バッドエンド直前のイベントじゃん!)


 そうだ、私はエレノア・マーシャル。そして、前世ではこのゲームに熱中していた、ただの日本の会社員!


 溢れ出す前世の記憶と共に、私の思考は歓喜に染まっていく。


(婚約破棄!? やった! やったあああ! これで自由の身よ!)


 そもそも、この脳筋で自分本位な金髪王子なんて、全く好みじゃなかった。私の、このゲームにおける最推しは――国のためにその身を汚し、悪役として断罪される悲劇の宰相、リアム・ブラックウェル様ただ一人! ゲームに彼の攻略ルートがなかったことを、どれだけ嘆いたことか!


(でも、今なら! 転生したこの私なら、彼の破滅フラグをへし折り、誰よりも幸せにできる! 推しを救済できる!)


 私の心に、オタクとしての熱い使命の炎が燃え上がった。


 よし、決めた。まずは、この茶番を最高の形で終わらせよう。

 私は、潤んだ瞳(もちろん演技)で、悲劇のヒロインの仮面を完璧にかぶる。


「……アルフレッド殿下。殿下が、そこまでおっしゃるのでしたら、このエレノア・マーシャル、潔く身を引きましょう。あなたの真実の愛の、妨げになるつもりはございません」


 健気な私の言葉に、周囲から同情のため息が漏れる。だが、私の本番はここからだ。


 「ですが、殿下」と、私は続けた。


「一方的に、それも国王陛下が結ばれた婚約を破棄なさるのですから、相応の慰謝料はご用意いただけますね? それから、私が長年、王太子妃教育に費やした時間と労力に対する補償も。計算しますと、そうですね……マーシャル公爵領の東部一帯の治癒権と、金貨五百万枚ほどで、いかがでしょう?」


 私の理路整然とした要求に、アルフレッド殿下は「なっ…」と絶句する。私は畳みかけた。


「まさか、王家の名誉に傷をつけるような不払いはなさいませんよね?」


 彼の顔が青ざめていく。私はダメ押しに、一粒の涙をはらりと頬にこぼしてみせた。


 周囲の貴族たちの目は、今や私への同情と、王子の不誠実さへの非難の色に変わっている。完全に、私の勝ちだ。


 結局、私の要求はほぼ全て認められた。


 私は、誰よりも優雅に一礼すると、見事に主役の座を演じきって、その場を後にした。


 王家の用意した馬車に乗り込んだ瞬間、私の悲劇のヒロインの仮面は剥がれ落ち、そこには野獣のような獰猛な笑みを浮かべた一人のオタクがいた。


「よし! 第一段階、活動資金と拠点の確保、クリア!」


 私は御者に、力強く行き先を告げた。


「お父様の屋敷ではありませんわ。真っ直ぐ、宰相閣下の官邸へ!」


 待っていてください、リアム様。


 あなたの破滅フラグは、この私が、根元からへし折って差し上げます!


 推しへの愛を原動力に、私の第二の人生は、今、猛スピードで走り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
行動力あり過ぎワロタwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ