ゼロ
「マツモト・ハルキ」
神官が名を呼ぶと、一人の若者が勢いよく前に出た。
「お、おれか……! よっしゃ、いっくぞ!」
緊張と興奮の入り混じった顔で、彼は光の柱に手をかざす。
次の瞬間、柱の内部が眩く輝き、白と金の光が螺旋を描いて天井へと昇った。
《勇者適性:Sランク 光属性・剣士型》
天井に投影されるように、評価が現れる。
「っしゃああああああああ!!!」
「やっば、マツモトまじ勇者じゃん!」
「リアルチートじゃん……!」
仲間たちがどよめき、歓声が上がる。本人はガッツポーズを決めたあと、振り返って照れ臭そうに笑った。
……誰かがBGMを流しはじめそうな勢いだ。
続いて、次々と名前が呼ばれていく。
「カナザワ・ユイ」
「《勇者適性:Aランク 治癒・支援型》」
「ウオオオ! ヒーラーきた!」
「ナカムラ・ケンタ」「コジマ・レン」「タカギ・アヤネ」──
《火属性・魔導士型》《雷属性・剣士型》《風属性・アサシン型》
光の柱が七色に輝き、評価が空間を彩っていく。
派手な演出と高ランクのオンパレードに、興奮はピークに達していた。
まるでガチャ祭り。引きの強さで人生を謳歌できる世界、ここに爆誕。
……こういうとき、思う。
“人間って、希望が与えられた瞬間に、理性を捨てるのが得意だよな”って。
なにせ、ついさっきまで知らない世界に投げ出されてパニクってた連中が、
今や「マジ勇者じゃん!」「魔王ぶっ倒すしかねー!」ってノリノリなのだ。
俺だけが、現実に取り残されてるみたいだ。
「──キリシマ・ヨル」
名前を呼ばれた。
静かに歩を進める。特に注目はされていない。そりゃそうだ、光らせた前例が多すぎて、もうエフェクトに飽きてる。
柱の前に立ち、無言で手をかざす。
……数秒の沈黙。
光らない。
いや、正確には──光った。
ぼんやり、白とも青ともつかない淡い光が柱の内側に滲むように広がり、そして……
《――――》
表示された文字列が、一瞬ノイズを走らせてから、かすれたように崩れる。
《……適性ゼロ》
その瞬間、場の空気が止まった。
笑い声も歓声も、どこかへ消えた。
「……あれ、今、なんつった?」
「適性……“ゼロ”?」
「そんなの……あるんだ……」
ざわつきが生まれるよりも早く、沈黙が空間を支配した。
俺は、淡々と手を下ろす。
ああ、これだ。
健康診断では必ず「もう一度来てください」になる。
成績通知では、なぜか先生のコメントが空白だった。
バイトの面接では「珍しい子だね」って苦笑された。
まるで俺だけ“別バージョンの現実”にぶち込まれてるみたいに、
すべてが微妙に、ズレている。
異世界でもか。どこに行っても、そういう立ち位置らしい。
すげえな、世界観が変わっても俺だけ仕様外。
むしろ、そこに“適性”があるんじゃないのか。
《現実非対応型:Lv99》とかさ。