診断
神官たちに導かれ、一行は玉座の間を後にした。
長く静かな回廊を進む。石造りの床に足音がこだまし、壁には歴代の王や英雄を描いたと思しき肖像画が並んでいた。けれど、若者たちの視線は、壁でも床でもなく、その先にある「何か」に向けられている。
「なんか、すげーな……これから本当に、適性とか分かるのかな」
「魔法の診断装置とかって、やっぱり光るんだよね?」
「属性とか出ちゃうやつ?」
テンションは青天井。勝手に“伝説の力”を自分のものと決めつける者まで出てきた。
神官たちはそれを制するでもなく、ただ無表情に歩を進めていた。
その中央──一番存在感を放っていた、銀縁の眼鏡をかけた神官が、唐突に口を開いた。
「間もなく“診断の間”に到着します。事前に説明しておきましょう」
空気がピリッと引き締まる。
「我が国では、異界の来訪者の中に“勇者の適性”を持つ者が存在するという古の記録に従い、それを特別な魔法装置で診断する制度を設けています」
“制度”って単語が出てきた瞬間に嫌な予感がした。
「これは神託ではなく、あくまで“素養”と“潜在力”に基づいた判定です。誤解のないように」
……つまり、現代でいうところのSPIテスト。
「適性は一人ひとり異なります。剣術、魔術、治癒、補助、解析……それらすべてを統べる者もいれば、まったくの無適性である場合も、まれにあります」
「まれに」って言ったぞ、今。「絶対いるよ」って言ってるようなもんだろ。
「しかし、どの適性にも意味があり、すべての力は国家の発展と安定に資するものです。我々は、適性を“力”としてではなく、“責務”として認識しています」
神官は、正面から一行を見据えた。
「適性を得た者は、それを私的な快楽や暴力の手段に用いることなく、この国に奉仕するという誓約の下、訓練と活動に臨んでもらいます」
若者たちは、感心したように神妙な顔を浮かべてうなずいた。
「そっか……力を持つって、責任があるってことだよな」
「オレ、ちゃんと使うわ。役に立ちたい」
「こういうのって、マジで使命って感じする……!」
感動のボルテージが高まっている。
たぶん全員、今なら“そのへんの猫を助ける係”って診断されても泣いて喜ぶ。
ああ、眩しいな。
世の中に希望があった時代の人間って感じで。
こっちはもう、希望に裏切られた回数の方が多い。
(俺の適性? せいぜい「回避:責任」ってとこだろ)
神官が振り返ると、ちょうど重厚な扉の前にたどり着いた。
「ここが、診断の間です」
開かれた扉の向こうにあったのは、広く荘厳なホールだった。
天井は高く、円形のドーム状。中央には、石でできた祭壇のような構造物があり、その周囲を淡く光る魔法陣が囲っている。
その中心には、高さ二メートルほどの“光の柱”が立っていた。まるで水晶が昇華したような透明な結晶体で、内部には静かに流れる光がゆらめいている。
「一人ずつ、この柱に手をかざしていただきます。それだけで診断は行われます。痛みはありません。質問にも答える必要はありません」
シンプル。逆に怖い。
「判定結果は、その場で告げられます。……すべて記録され、王のもとへ報告されます」
そして、人生が振り分けられる。
異世界でも、キャリアパスは初期診断で決まるらしい。
神官は淡々とした口調で締めくくった。
「順番に呼びます。名前を呼ばれた者は、前へ」
さあ──“現実逃避の終わり”が始まる。