謁見
高い天井に反響する、静かな声だった。
柔らかく、けれどどこか威厳を帯びたその声に、場の空気が一変する。
「遠方より来たりし者たちよ。ようこそ、このアリスタル王国へ──」
壇上には、装飾の施された玉座。その中央に、紫と金を基調にした重厚な礼服をまとった男が座っていた。髭は整えられ、眉は鋭く、目には強い光が宿っている。
──これがこの国の王、らしい。
「突然のことに困惑していると思うが、君たちは特別な召喚術によって、この世界へ招かれたのだ」
若者たちがどよめいた。
「安心してくれ。我が国は、召喚に応じて現れた者を“歓迎”することを約束している。君たちの安全は保障されるし、必要な支援も惜しまないつもりだ」
その言葉に、「マジかよ」「あつっ」「異世界きたー!」などと、場のテンションは急上昇。
言うなれば、テンプレート通りの展開。
現実味のない現実に対して、理解が追いつくよりも先に、テンションだけが暴走していた。
「……」
俺だけが、取り残されているような気がした。
いや、実際に取り残されているのだ。たぶん、精神年齢が。
王は続ける。
「この世界は、今、かつてない混乱の時代にある。魔物の増加。各地の不穏な動き。古の遺物の目覚め。そして──世界の均衡を脅かす“異変”が近づいている」
──RPGの冒頭に流れるナレーションかな?
きっと次は「しかし、その時……」とか言い出すぞ。
「しかし──その時こそ、勇者の魂が必要とされるのだ」
ほんとに言いやがった。
「君たちは、“選ばれし存在”としてこの世界に招かれた。古の伝承にある通り、外の世界から来た者には、“勇者の資質”を持つ者が現れる」
「えっ、俺ら勇者ってこと!?」
「えっぐ、最強じゃん」
「ガチかよ……!夢か?」
若者たちは、全員が自分にその資質があると疑っていない顔だった。
この手のテンションが世界を救うのか、それとも世界を破滅させるのか、少し楽しみになってきた。
「異世界からの召喚は、この国にとって極めて重要な儀式だ。とはいえ、我が国としても、無作法な言動には少々困惑している。だが……まあ、慣れている。以前の召喚者たちも似たような反応をしていたからな」
遠回しに「お前らうるせぇぞ」と言っている。
王様、そういうのは嫌いじゃない。
「──さて」
王は一拍置き、言葉を選ぶように口を開いた。
「君たちに、これから“勇者としての資質”を判定する、適性診断を受けてもらう。
これは、この世界における“力の在り方”を測る重要な儀式だ」
ほう。適性診断とな。
異世界でもやるのか、自己啓発セミナーのストレングスチェック。
これで『あなたの強みは“バフ係”です』とか言われたら、俺は泣くぞ。
「それぞれに適した力がある。剣を振るう者、癒しを与える者、知をもって導く者──中には、稀なる才を持つ者もいる」
若者たちは、すでに自分の称号を脳内で作っているようだった。
“烈火の剣士”とか“影の暗殺者”とか。
この調子じゃ、帰り道に中二病まで召喚しそうだ。
俺?
俺は“勇者適性ゼロ”って出る未来が見えてる。
だからって、心のどこかで「いや、もしかしたら──」って期待してる自分がいるのが、腹立たしい。
この期に及んで、まだガチャの結果に夢を見てるのか。俺は。
「診断はすぐに行われる。神官が案内する。心して受けるように」
扉の向こうから、例の神官トリオが再登場した。
冷徹、陽気、しかめ面──変なユニットだ。
「それでは、こちらへどうぞ」
案内役の眼鏡神官が、微塵の感情も見せずにそう言った。
──さあ、夢を見に行こう。どうせ悪夢だろうけど。