歓迎
そこへ、扉が音もなく開いた。
現れたのは三人の人物。全員、白を基調とした神官服を身にまとっているが、その佇まいはまるで統一感がなかった。
一人目――無表情で背筋の伸びた長身の男。顔の造形は整っているが、その目には一切の感情がなく、喋るより前に“静電気でも感じてるのか?”と思わせるような張りつめた気配をまとう。無駄のない動作、無駄のない呼吸、無駄のない存在感。例えるなら、王族付きの秘書アンドロイドが中世に紛れ込んだような雰囲気だった。
二人目――くしゃっとした笑顔で「やぁやぁ」と手を振って入ってきた男。袖口の刺繍が金色に光っているが、その軽薄そうな笑みで価値はマイナスまで振り切れていた。白い神官服もどこかしらヨレており、歩くたびに首が傾く癖があるらしく、まるで常時“ふざける準備万端”といった調子だった。
三人目――見るからに高級な衣を身にまとった女神官。金のブローチ、刺繍入りのローブ、ぴしっと巻かれたスカーフ……清楚かと思いきや、その眉間には永続的な怒りの皺が刻まれていた。ヒールの音を鳴らしながら現れたその姿は、完全に“口を開いた瞬間、全員を一喝してきそう”な気配に満ちていた。
「……皆さん。混乱しているとは思いますが、まずは私たちについてきてください」
冷徹そうな男神官が、感情を感じさせない口調で言った。
「いやいや、説明なしかよ!?」
「どこだここ!? オレらさらわれた!?」
「え、警察? ある? ここに警察?」
若者たちは神官になれなれしく話しかける
「ご安心ください。皆さんの安全は、すでに確保されています」
冷徹神官の声は、どこまでも平坦だった。
「ねぇねぇ、もしかしてさ、あんたら魔法使いとか? それともさ、俺たちって──選ばれし勇者ってやつ?」
集団からどこか浮かれたような声が響いた。
だが──
「いいえ、今のところ、あなた方は“ただの一般人”です。それと──少し静かにしていただけますか。こちらも、無駄話に付き合うほど暇ではないので」
冷徹な男神官が、淡々と、しかし容赦なく言い放つ。声を荒げるわけでもなく、抑揚もないのに、なぜか心臓にじわりと刺さる口調だった。
空気が、ぴきりと張りつめる。
「おー怖。出たよ、語彙が鋭利なやつ~」
陽気な神官が肩をすくめてニヤリと笑う。けれどその軽口が、緊張をほぐすどころか、さらに居心地の悪さを加速させた。
笑う者はおらず、むしろ全員が口をつぐむ。
「質問は禁止というわけではありませんが、今は優先順位が違います。ついてきてください」
女神官が一歩前に出る。語気は強く、視線は冷たい。
「それとも、言葉を尽くさないと理解できない方々ですか? “選ばれた者”としては、少々、心許ないわね」
若者の一人が「なんだよそれ、意味わかんねーし」と呟いたが、女神官は完全にスルーした。
「……歓迎されてるとでも思いましたか?」
冷徹神官が、感情の欠片もない声でそう言い放つ。
空気が、音を立てずに凍りついた。
誰も言い返さなかった。
疑問も不安も、口を開くより先に自己検閲されて、集団は神官に従って動き始める。まるでそうプログラムされていたかのように。
なるほど、“ついていく”のが正解らしい。
見知らぬ場所。得体の知れない連中。
そんな状況でも、誰一人として「帰る」とは言わない。
“流れ”ってやつは偉大だ。正気すら殺す。
皮肉と現実感のない景色を、俺は静かに受け流した。
観察者のポジションは、いつだって安全だ。