こ話「こっちだよ」
これは今は無き遊園地、豊◯園での体験談である。
その遊園地のお化け屋敷は昔からオカルトファンの間でそれなりに有名な心霊スポットとされていた。
お化け屋敷は二種類あり、一つは乗り物系、もう一つは自分で歩いて進む系(脅かしスタッフは無し)のものであった。
営業していた当時、ネット上で特に噂が多かったのは乗り物の方だったと記憶している。
噂の内容は主に「耳元で声が聞こえる」だの「人影が見える」だの「女の霊が出る」だのといった、まぁありがちと言えばありがちなものばかりで、真偽の程は不明であった──が。
<Nさん談>
さて2010年代、作者の友人Nさんはネットでの心霊体験談を知った上で豊◯園のお化け屋敷に挑戦した。
入場して最初に選んだアトラクションは、もちろん大本命・乗り物系のお化け屋敷である。
彼女は意気揚々と連れと共に二人乗りのカートに乗り込んだ。
和風テイストの装飾の中に妖怪や日本人形が並び、音や照明でおどろおどろしく恐怖の演出をしてくるという、内容自体はそこまで怖くはないものだった。
むしろ座っているだけで進んでいくので、怖がりな人やお子様でも挑戦しやすい仕様である。
実際、彼女も特に怖さを感じなかったという。
むしろ恐怖よりも進むスピードが遅い事とカビ臭さへの不快感が圧倒的に強かったそうだ。
(これに関しては作者も何度か乗った事があるので気持ちは分かる。古いアトラクションだったので場所によってはかなり臭いがキツくて息を止めるレベルだった)
しかし噂の中には「終盤の所で怖い思いをした」だの「最後がヤバい」だのという話があったらしく、Nさんはそれに期待を寄せる。
そしてアトラクションの終盤、最後の脅かしポイント辺りでゴオッと強い風が吹き抜けた。
元々そういう仕掛けだったのか、建物の構造的に風が当たりやすいのかは分からないが、その風が彼女の唯一のビックリポイントだったらしい。
結局、噂にあるような怪異や異変は何も無く、Nさんは「まぁそんなもんか」と少し拍子抜けしながらカートを降りようとする。
その瞬間だった。
『 』
(えっ!?)
微かな囁きと同時に、トンッと肩を叩かれたのだ。
Nさんの連れは先に降りており、目の前で鞄を背負い直している。
当然、振り返ってみても人の姿はなく、遊園地のスタッフも降り口側にしかいない。
自分の背後から肩に触れられる者は誰もいないという事実に、彼女は大層困惑したそうだ。
ちなみに囁き声の内容については、残念ながらはっきりとは分からなかったらしい。
Nさん曰く「性別は分からなかったなぁ。『ここ』だか『そこ』だか『どこ』だかは分かんないけどさ。なんかそんな感じの発音の、短い言葉だったよ」との事。
もしかしたら「おこ」とか「ペコ」だった可能性もゼロではないが、真相は不明である。
<Sさん談>
こちらは作者の知人の体験談である。
1990年代(?)の頃、まだ幼かったSさんは父親と姉の三人で豊◯園の歩いて進むタイプのお化け屋敷に入った。
怖いお話が好きなくせに怖がりだった彼女は、姉と共に父親に抱きつきながら目を瞑って叫びまくっていたという。
父親は怖がりではなかったようで、笑いながらドンドコ先へ進んでいく。
ほとんど目を閉じていたSさんは「パパ、もっとゆっくり! ゆっくり歩いて!」と必死に文句を言いながら震え上がっていたそうだ。
そうこうしている内に、父親のペースが早すぎたのか、前の客に追いついてしまった。
「キャッ!? あっ、すいません、遅くて……」
「あ、いえ、こちらこそすみません……どうぞ気にせずお先に」
先を行く客は、四人組の若い女性だった。
流石に気まずかったのか、父親は小声で「少し待とうね」とSさん姉妹に提案する。
予想外の事とはいえ「他に人がいる」という事実に少し安心したSさんは、大人しく目を開けて待つことが出来たという。
女性達の控え目な叫び声が遠ざかっていく。
少しの間をおいた後、Sさん一行は再び歩き始めた。
この時のSさんは、目を開けて歩ける位には落ち着きを取り戻していたそうだ。
(尤も、自分の足元以外は見られなかったそうだが)
そして歩き始めてすぐに、少し折り返すというか、曲がる部分に差し掛かった。
間違いなく一本道のお化け屋敷なのだが、暗くて見辛いせいもあって父親の足が少し止まる。
そんな時だった。
「こっちだよ!」
反射的にSさんが顔を上げると、曲がり角の横で小さい男の子がピョンピョンと二回跳ねながら道の先を指し示しているのが見えた。
「ねぇ、こっちこっち。外こっちだよ!」
「おぉ、ありがとうね」
「ん!」
父親はそう礼を言って男の子の横を通り過ぎ、Sさん姉妹を両腕に引き連れながら道を曲がって進む。
程なくして先程の四人組に再合流してしまい、その僅か数秒後に出口へ辿り着く。
どうやらほぼ出口付近の狭い場所で客がつっかえる、いわば「団子状態」になっていたらしい。
そこまでは子供心でも理解できたらしいが、Sさんはどうにも違和感があったそうだ。
「ねぇパパ。さっき案内してくれた子は誰?」
「あれ? そういや出て来てないなぁ」
「でもいたよね? こっちだよーって、言ってた子」
「いたけど……まぁ、どっか行っちゃったんだろ」
「結構怖かったねー」と賑やかに去っていく四人組をなんとなく見送る。
Sさん姉妹はというと、明るい場所に出て気が抜けてしまったのか地面にしゃがみ込んでしばらく立てなかったそうだ。
父親は早くも気持ちを切り替えており「さーて、少し休んだらママが待ってる休憩所に向かうかー」と、案内をしてくれた男の子の事は気にもとめていない。
──出口にいないって事は、もしかしたらまだお化け屋敷の中にいるのかもしれない。
──でも幼稚園くらいの小さい子が、一人でお化け屋敷に入るなんて事、あるのだろうか?
どうにも腑に落ちない。
Sさんが姉に「さっきの子、大丈夫かな? まだ中にいるのかな?」と不安を伝えると、意外な答えが返ってきた。
「誰? お化け屋敷に子供なんていなかったよ」と──
そこから始まる「子供がいたか、いなかったか」論争。
しかし遊園地という特大イベントのせいもあり、すぐにうやむやになってしまった。
それから数年後。
Sさんが父親に確認すると、外見等はうろ覚えながらも男の子の存在自体はしっかり覚えていたそうだ。
父親曰く「お化け屋敷なのに一人で元気一杯な言動が印象的だった。いつの間にか居たから少し驚いた」との事。
子供一人だった点に関してはあまり深く考えていなかったらしい。
ちなみに姉の方は、そもそも豊◯園に行った事すらよく覚えていなかったそうだ。
はたしてあの男の子は本当にただのお客さんだったのか──
どうしてあんなにも暗い中、出口の方向に確信を持っていたのか──
もし普通の客だったとして、どうして出口が目と鼻の先なのに外に出て来なかったのか──
「男の子自体は全然怖くなかったけどね。むしろ出口が近い事を教えてくれて嬉しかったなー」
この少し不思議で優しい体験について、Sさんは今でも真相が気になっているという。
<あとがき>
最後までお読み下さりありがとうございます。
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