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け話「結構です」

 子どもは少し目を離しただけで何をするか分からない、本当に大変な生き物だ。

よく「小さな怪獣」だなんて喩えられるけれど正にその通りだと思う。


「ギャハハハー! シャイニングスピヤー!」


「ちょっとタクト声がでかい! もう少し静かにしな!」


 私は苛々を表に出さないように気を付けながら朝食のシリアルを食卓に置く。

息子のタクトは私の言葉などまるで聞こえない様子で、好きなヒーローの真似をしながら食事を始めた。


「でたなアクマ怪人、とどろけシャイニングニードリュー! ぎゃあぁぁー!」


 ガチャーン!


「コラ! タクトっ!」


「へへへ……スプーンとんでったー!」


 まさか第一次反抗期こと「イヤイヤ期」を乗り越えたと思ったら、すぐに中間反抗期がやって来るとは思わなかった。


「ったく……ほら、スプーン。黙って食いな」


「へへへ、はーい。……なぁ~んて言うと思ったかー! こうなったら『キョダイ化』だ! アクマーックス! わー、アクマ怪人が『キョダイ化』したぞぉ!」


「はぁ……」


 駄目だこりゃ。

スプーンを拾ってテーブルに置いてやったというのに、タクトは悪びれもせず一人遊びを再開している。


「あーもー、メンドくさ……ほらタクト、買い物してからバァバの家行くよ」


「やったー! お菓子お菓子! でっかいテレビ見るー!」


「お菓子は無し! テレビは……まぁ好きにしな」


 チョロチョロと動き回るタクトを落ち着かせ、急に走り出さないように手を繋いでスーパーに向かう。

良き母親たるもの、こういった細やかな気遣いは欠かせないのだ。

本当に気が休まらないったらない。






「わーい! お菓子見てくるー!」


「ちょ、タクト! 走らない!……ったく」


 店に入ってカートを手にする一瞬の隙をつき、タクトは一目散にお菓子コーナーに走って行ってしまった。

まぁ車が走ってる訳でもないし、よく来るスーパーだから迷子の心配もない。


 少し元気がすぎるけれど、親にベッタリな甘ったれよりはマシだと自分に言い聞かせ、私はマイペースに野菜売り場から見て回る事にした。


「(お店の中をあんな好き勝手に走らせて……)」


「(もっとちゃんと注意しないのかしら?)」


 背後で囁かれるヒソヒソ話に眉根を寄せて振り返る。

慌てた様子で目を逸らしたのは主婦らしき中年の二人組だった。

事情も知らないくせにわざわざ聞こえるような陰口を叩くなんて、流石に非常識すぎない?

性根の腐ったオバサンもいたものだ。


「はぁ……」


 多少苛つきはしたものの、あまり気にしないようにして店内を練り歩いていく。

そんな時だった。


「ねーねー! ママー、見て見てー!」


「……ん?」


 タクトの呼び声に反射的に振り返ると、私に向かって手を振るタクトと目が合った。

タクトの傍では若い女性の店員が中腰になって黙々と品出し作業をしている。


 何か欲しい物でもあったのかと思っていると、タクトは無言でススッと女性店員の背後に立った。

彼女は背後に忍び寄った小さな影に気付いていないようだ。


 嫌な予感がよぎる間もなく、タクトが動いた。


「くらえー! スーパーカンチョー!」


「キャ!?」


 や り お っ た 。


 あろうことか、タクトは若い女性にカンチョー攻撃をしてしまったのだ。

子供のイタズラの中でも上位に食い込む悪質な攻撃である。


「げ……」


 しかも相手は若い女性。

それもかなりの美人ときた。


 こういうやらかしに限ってプライドが高そうな相手とはツイてない。

これが笑って流せるオッサンやオバサンだったらどれだけ良かったか……


 私はできる限り穏便に済ませるべく「ちょっと、何やってんの!?」と小走りで女性店員の元に駆け寄った。

彼女は商品棚に背を預けて──というより尻を隠すようにしてタクトを見下ろしている。


「ギャハハハッ、『キャ』だって! ギャハハハハーッ!」


「タクト、しっ!……もーこの子ったら、本当にしょーがない子で……」


「……」


「……? あ、あの、子供のした事ですから、あまり気にしないで下さいね。ホホホ……」


 女性店員は私には目もくれずタクトを見つめ続けている。

瞬きすらしない異様な反応に「まさか泣かないよな!?」と焦り始めた頃、ようやく彼女が口を開いた。


「……大丈夫ですよ。顔は覚えましたから」


「え?」


「顔は覚えましたから、もう結構です」


 あまりにも予想外すぎる返答に、何を言われたかすぐに理解出来なかった。

それでもただならぬ空気を感じ、私は内心冷や汗ダラダラで言葉を絞り出す。


「あの……今、何て……?」


 私の質問に答えず、女性店員はタクトに冷たい視線を落とした。


「……キミ、タクト君? 年中さん?」


「ちがうよ! オレもうサクラ組さんだよ、バーカ!」


「タクト、しっ!」


 サクラ組とは年長さんクラスの事である。

その情報を彼女に教えてしまうのは危うい気しかしない。

慌ててタクトの口を塞ぐも、どうやら遅かったようだ。


「……そう。覚えました」


「ちょっとアナタ、さっきから何なの!? 気持ち悪い事ばっか言わないでよ!」


「分かりました、黙ります。もう覚えたので大丈夫です」


 カッと頭に血が上る。

いい加減にしろと怒鳴るより早く、女性店員はクルリと向きを変え、「じゃあまたね、サクラ組のタクト君」と足早に立ち去ってしまった。


「なっ、何なのよ、あの店員! 信じられない!」


 憤慨冷めやらず、私は帰り際に店のアンケートボックスに若い女性店員への苦情を投函した。


 数日後に貼り出された店側からの返答は「社員の再教育に努めてまいります」という無難なものだったが、あの日以来、例の女性店員を見かける事が無かった為、鬱憤は少し晴れた。


 ただ一つ、気になる事がある。


「タクト! バァバの家行くから支度しな!」


「…………だいじょうぶ」


「幼稚園で書いたバァバに渡す絵、ちゃんと持った?」


「…………覚えてるからだいじょうぶ」


「えっと……タクト、どうかしたの? あ、そうだ、帰りにどこか寄ろうか。何か欲しいものある?」


「……けっこうです」


 最近、タクトが喋る度にあの女性店員を思い出してしまうのは何でなのだろうか。


 子供らしい快活さと笑顔が消えたタクトをこの先も愛せる自信が持てず、私はそっとため息を吐くのだった。




<言わずにはいられなかった作者の一言>


 こんな 母親は 嫌だ 。

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