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シオン視点

私としたことが何という失態……!


私のような特殊な者ならいざ知らず、主君はごくごく普通の人間どころか王族の方。


慣れない馬の移動、休みを短縮しての移動、そのどれもが過酷だったはず。


「いや、ぼけっとしている場合ではない」


私に寄りかかって気を失った主君を見て、頭を切り替える。

暑さによる疲労、疲れによる疲労、様々な要因が重なってしまった。

最悪、このままでは命の危険があるかもしれない。


「馬に乗ったままでは遅い」


荷物があるので、思い切りは走れない。

幸いにして大した荷物はないので、馬はなくても平気か。

最低限の物だけを持ち、馬に別れを告げる。

そして後ろに荷物、主君をお姫様抱っこし、準備を始めた。

頭に括ってあるリボンを解き、ポニーテールを解く。

これが、解放の合図だ。


「我が血に眠る獣王の血よ——我が主君のために目覚めよ!」


全身から闘気が放たれ、額から一本のツノが生える。

この状態になれば私の身体能力は飛躍する。

そのまま、トップスピードで荒野を走り抜けていく。


「主君よ、今暫しの辛抱を」


この方を死なせてしまっては、私は後悔してもしきれない。

荒野を走っていると、当時の記憶が頭の中を巡っていく。



私は事情があり幼き頃に捨てられ、人間に捕まり奴隷として辛い日々を過ごしていた。

それは愛情や優しさを感じることはない生活。

そんな私の唯一の楽しみは、僅かな食事と捨てられた絵本を漁ることだった。


「えっと……いつか王子様が迎えにくる? うーん、これじゃないかな……あっ、これ」


そこには騎士になり、主君のために闘う女性の姿があった。

王子様が迎えにくるも興味があったが、当時の私はこれに強烈な憧れを抱いた。

敬愛する主君の夢を叶えるために、その身を捧げる女主人公の物語だ。


「わぁ、カッコいい……! わたしもなれるかなぁ」


当然、儚い夢であるのはわかっていた。

奴隷の身で、そもそも騎士になどなれるわけがない。

しかも、獣人と人間の間に生まれた半端者の私に。


「この物語の主君は優しくて、みんなを助ける人なんだ……そんな主君に拾われた主人公は、その身をかけて仕える……あれ? 結局、誰かが迎えに来ないとダメだよね……」


それはまさに夢物語だった。

獣人族からも人族からも忌み嫌われる私に優しくしてくれる人などいない。

それでも助けてくれる人がいたなら……それは私の憧れそのものだった。

だが、夢は現実となる。

ある日の作業中、突然鎖が切れた。


「に、逃げなきゃ……でもどこに?」


「貴様!」


当然、すぐに見つかってしまう。

私は無我夢中で走り、暗い路地裏から出る。

その時に、誰かにぶつかってしまった。


「痛っ……」


「君、大丈夫?」


目を開けると、そこには綺麗な顔をした男の子がいた。

そして、私に手を差し伸べてくれる。


「あっ、えっ、あの……」


「そいつを捕まえ……エルク殿下!?」


すぐに追いつかれて酷い目にあわされると思ったが、そのエルク殿下という方が私を庇うように前に立つ。


「随分と扱いが悪いね。君、どこのお店の人? 奴隷とはいえ……いや、奴隷だからこそしっかり面倒をみないといけないよ」


「い、いえ、これは……」


「ふーん……これは黒かな。ねえ、シグルドおじさん」


「ああ、そうみたいだな。奴隷はモノではなく、その雇い主にはきちんと面倒を見る義務がある——店まで案内してもらおうか」


「ヒィ!?」


そうして訳も分からぬまま、話が進んでいく。

あんなに怖かった人は大きな人に連れられ、路地裏に消えていった。

残されたのは鎧を着た人たちと、その小さな少年だけだった。


「へっ? な、何か起きたの?」


「さあ、僕にもわかんないや。ただ、君はもう平気だよ。うんうん、よく頑張ったね」


そう言い、何やら暖かい光を放った。

すると、あれだけ痛かった身体から痛みが引いていく。


「い、痛くない!」


「回復魔法をかけたからね。よし、次は身体を綺麗にしないとだ。誰か、この子について……あれ?」


気がつくと、私は彼の服を掴んでいた。

図々しいのはわかっていたけど、彼は私にとっての物語の主君だったから。


「あ、あの! 私を雇ってください! なんでもしますから!」


「へっ? 僕が君を……」


「貴様! この方をどなたと思っておる!」


「ひっ!?」


「僕は大丈夫だから怒鳴らないであげて」


すると、彼は私に目線を合わせる。

その目は優しく、黒い目は綺麗で吸い込まれそうだ。


「どうしてそう思ったの?」


「え、えっと……私、騎士に憧れてて……あの、その……」


「はいはい、落ち着いて」


そう言い、私の頭を撫でる。

私は心を落ち着かせて、この想いが伝わるように。


「——貴方に主君になって欲しいんです!」


「……僕に仕えるってこと?」


「はい! お願いします!」


「なるほど……弱ったなぁ」


「だ、ダメですか?」


「いや、ダメってことはないけど……いや、これも何かの縁かな。わかった、どうにかしてみるよ」


「わぁ……ありがとうございます!」


こうして、私は主君に仕えることに。

実際に仕えるまでは紆余曲折あったのですが、こうして私は主君を得たのです。




ただ確かに主君は優しかったが、途轍もなく怠惰な方だった。


故に私の騎士としての夢は叶いそうにはないと。


でも、それでも優しい主君に拾われたことは後悔していない。


それは、とても楽しく幸せな日々だったから。


「それでも、夢を諦めたくはないと思ってしまうこともあった」


そんな時、主君が言ったのだ。

辺境を変えるために、私に力を貸して欲しいと。

その時に、私の魂が震えた……これで夢が叶うと。

同時に、このために主君は道化を演じていたことを。

怠惰に過ごしていれば王位継承争いを避けられる上に、この辺境に飛ばされる可能性があったから。


「それを、こんな形で終わらせてなるものか」


何より——敬愛する主君を死なせてなるものか!


改めて決意した私は、全速力で荒野を走り抜けるのだった。

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