完璧に勘違い
そうなると、善は急げだ。
俺はシオンの協力の元、急いで準備を進める。
出かけるのは早ければ早いほど良い。
一刻も早く主人公を見つけ、反乱軍を作るのを阻止しないと。
「持ち物はっと……洋服と食料と、後は何がいるかな?」
「魔石の類は必要かと」
「あっ、魔石か」
この世界にはダンジョンは存在するけど、アイテムボックスのような便利グッズはない。
その代わり魔石という、火、水、風、土、闇、光魔法の力を込められる鉱石が存在する。
人々はそれらを使って、主に生活を送っている。
「王都には沢山ありますが、辺境には魔石が少ないかと」
「あぁー、確かに。どうしても、西側は後回しになるよね」
「ええ、東側はいつ敵国が攻めてくるかわかりませんから」
この大陸は主に三つの人族の国とドワーフの国で形成している。
真ん中付近から西側を支配し、豊かな大地や森がある我が国であるティルノーグ王国。
東側を支配する、山に囲まれた厳しい土地のガルアーク帝国。
海に面する北の大地を支配する、エルバート公国。
この三つの国が長年に渡って小競り合いを繰り返していた。
ドワーフの国は我が国に接しているが、不可侵条約を結んでいるとか。
「ふーむ、それじゃあんなことになるわけだ」
「あんなこと?」
「あはは……なんでもないよ」
うちはガルアーク帝国と緊張状態だし、エルバート共和国にも注意しないといけない。
それ故に辺境を顧みれなかったので、あちらの民は貧困に喘いでいる。
仕方ないこととはいえ、それがきっかけで反乱が起きるに違いない。
民にはそんなことは関係ない、いつだって損をするのは下の者達なんだ。
「変な主君ですね……いつものことでしたか」
「ちょっと!?」
「ふふ。ほら、早く手を動かしてください」
「はーい。あっ、言っておくけど……護衛を待たずに出かけるからね。今すぐに、シオンと二人で出て行くつもりだから」
俺の言葉にシオンが目を丸くする。
だが、俺としては一刻も早く行きたい。
その間にも、俺の死亡フラグが深刻な事態になってるかもしれない。
「 い、いいのですか? 馬車もないし、快適とは思えませんが……」
「とにかく急がないと! 一刻も早く民達を救いに!」
「なんと……」
「それに馬車だと遅くなるし、護衛達に気を使うのはめんどくさいし。シオンがいれば、辺境の地くらいまでは平気でしょ?」
シオンは凄腕の剣士として、王都でも名を馳せている。
冒険者ランクもB級だし、若手のみの武闘大会で優勝をしたことがあるくらいだ。
ゴブリンやオーク程度なら敵ではないはず。
「ふふ、お任せください」
「うん、頼りにしてる」
それに、シオンだけに頼りきるつもりもない。
今度は俺もシオンを守ってみせる……こんな素敵に笑う彼女に失望されたくない。
そのためには、この身体に秘められた力を使っていかないと。
◇
準備を済ませた俺達は、お城からこっそりと抜け出して城下町に出る。
シオンが馬を二頭借りてくれたので、一頭を荷物持ちにして、もう一頭の方に二人乗りをする。
当然、俺が後ろである……仕方ないじゃないか! こちとら怠惰な王子で有名なんだから!
「さて、最低限の準備はできましたね。ここからどうします?」
「そのまま、辺境に行こうか。馬でいけば、大体十日くらい?」
「ええ、荷物も少ないですしそれくらいかと。ただ、本当に良かったのですか? 魔石はほとんど持ってきていませんので、飲み水の確保も難しいかと」
「平気平気、俺に考えがあるからさ。ほら、見つかる前に出発しよー!」
「……わかりました。それでは、主君はフードを被って大人しくしてください。あなたの顔は、よく知られてますから」
そしてシオンが冒険者カードを見せると、あっさりと城門を通される。
冒険者ギルドは大陸中にまたがる組織で、護衛から討伐や雑用までこなす何でも屋だ。
特殊な技巧で作られたギルドカードは不正ができず、犯罪者は登録できない。
その信用度は高く、こうしてあっさり出て行くことができるってわけだ。
ある程度離れたら、俺はフードを取って息を吐く。
「ふぅ、ばれずに済んだね。流石は、冒険者カードだ」
「少しずるいようですが、仕方ないですね」
「別に犯罪をしてるわけじゃないし平気だよ」
「まあ、そうですが……私が連れ去ったと思われるかもですね」
「そんなことを言われたら、俺が頼んだって言うから大丈夫。そもそも、父上もわかってくれるでしょ。一応、手紙も置いていったしさ」
「それもそうですね。エルク様のわがままを聞くのが、私の仕事ですから」
そんな会話をしつつ、順調に街道を進んでいく。
そして王都をある程度離れた時、何か鳴き声が聞こえてくる。
すぐにシオンが警戒態勢に入り、馬から降りて腰にある刀に手を添えた。
すると街道沿いの森から何かが現れ、それはゴブリンという名の魔物だった。
「む? ……きましたね」
「ギャキャ!」
「グギャ!」
身長百五十センチくらいに緑色の皮膚、落ち窪んだ顔……あれがゴブリンか。
最弱の魔物と言われているが、その繁殖力は凄まじい。
シオンが馬から降りようとするので手で制する。
「俺がやるよ。あれくらいなら、お試しになるし」
「へっ? 主君では無理かと思いますが……」
「まあまあ、見ててよ。危ないと思ったら助けていいからさ」
「……わかりました」
俺は迫り来るゴブリン二匹に手を向け集中する。
俺がエルクを悪役転生だと思った理由、その一つを発揮する!
「グキャ!」
「エルク様! きますよ!」
「わかってる——アクアバレット!」
「「グギャ!?」」
某霊界探偵の必殺技をイメージして放った水の弾丸は……二体のゴブリンを弾く。
すると身体が消え去り小さな石になる、これが《《魔物の特徴だ》》。
正確には生き物ではなく、人に害を為す瘴気から生まれるとか。
何でも大昔に突然現れ、人々や魔獣に襲いかかったとか。
それ以降人類の敵とされている……うん、魔石といい如何にもゲームっぽいや。
「ゴブリンとはいえ、こうもあっさりと……改めて驚きました。というより、あんな高密度の魔法が放てたのですね。水魔法は回復が専門で、威力的には低いと言われているのですが」
「別に水魔法でも威力のある魔法はあるんだけど……使い手がいないか」
これが、俺が悪役だと思い込んだ一つの理由だ。
エルクは怠惰ではあるが、実は魔力量と魔法の才能はかなりある。
しかしそれを知られると面倒なので、その実力は隠していたしサボってきた。
如何にも序盤でやられる悪役っぽい設定だ。
「そうですね、そもそも回復に多くの魔力を使いますので。回復役は後ろにいることも多く、攻撃面は発展し辛いでしょう」
「いくらでもやりようはあるんだけどね。敵の頭を水で被せて窒息させたり……でもあれも、維持しなきゃいけないからかなりの魔力を使うか」
この世界の水魔法は、大陸の暑さゆえに生活用の面が強い。
なので、そちらを優先してきたのか、攻撃面が発展してない。
あとは科学が発展してないので、単純な水魔法しかないのも要因かな。
今の俺なら、鉄を切る水とか出せそうだ。
でも確か、研磨材がいるんだっけ?
「そうなのですか? そんな話は、聞いたことがありませんが……伝説ではごく稀に、氷魔法に目覚める者がいるくらいですね」
「氷……そうか、今の俺なら使えるのか」
氷のをイメージし、掌から発生させる。
前世の記憶があるからか、思ったより簡単に出来てしまった。
それに、エルクのスペックはかなり高いようだ。
「ま、まさか、そんなに簡単に……やはり力を隠していたのですね」
「ふふふ、実はそうなのだ」
「お見それいたしました」
よしよし、シオンの好感度が上がったぞ。
この調子でみんなのマイナスなイメージを払拭しつつ、魔法で領民達に恩を売っていこう。
そして最後には、主人公を見つけて保護すればいいに違いない。
我ながら完璧な計画である(キリッ)