ユルグ視点
まさか、またここに戻ってくるとはな。
兄を失ってから出て行き、もう戻ってくることはないと思っていた。
後は、忘れ形見であるこの子のためだけに生きようと。
お腹いっぱいになったからか、膝の上で寝てしまったアルルの頭を撫でる。
その寝顔は幸せそうだった。
それだけでも、ここに戻ってきた価値はある。
「ユルグ……」
「ヨゼフ殿か……」
炊き出しも終わりに近づき皆が談笑する中、端っこに座っていたオレの元にやってきた。
その目は珍しく泳いでいて、酷く申し訳なさそうだ。
「隣、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わんさ」
許可を出すと、ヨゼフ殿が隣に座る。
そのまま静かな時が過ぎ……ようやく口を開く。
「……何故、帰ってきたのですか?」
「先ほども言ったろう。エルクに会ったからだ」
「ですが、貴方は私を……恨んでいるでしょうに。貴方の兄であるアイザックは我が友であり優秀な狩人でした。彼がいたおかげで、何人の住民達が救われたことか。しかし、ある時……いよいよ、飢饉が迫りました。そして、私は彼に食材調達をお願いし……無茶をしたのでしょう、帰らぬ人になりました」
「あぁ、そうだったな。兄はオレの憧れで、優しく強い人だった」
オレは変わらない状況と兄の死により嫌気をさし、まだ三歳だった姪のアルルを連れて田舎の村に引っ越したのだ。
そこで自分達だけの食料を調達し、最低限の交流で静かに過ごそうと決めた。
だがオレも無理が祟り不覚をとり、大怪我を負ってしまう。
それ以降は古傷が痛み、前みたいに動けなくなってしまった。
「ええ、貴方の兄は勇敢で優しい男でした。いえ、私が言えた義理ではないですな」
「……恨んでいないといえば嘘になる。この子は、父である兄の顔を覚えていない」
「アルルさんですな……こんなに大きくなって。言い訳になってしまいますが、あなた方のことは探させていたのです」
「知っている。うちの村に来たのだろう? オレは村人に口裏を合わせて、オレ達がいないようにと。その代わり、食料は分けるといってな。だから、奴らを罰しないでくれ」
「そういうことでしたか。ええ、罰しないと約束しましょう。そもそも、私が悪いのですから」
オレだってわかってる。
兄は最後までヨゼフ殿の友であったし、ヨゼフ殿が兄の無茶を止めていたことも。
そして兄の死がヨゼフ殿の所為ではないことも。
そもそもオレがもっと強ければ、兄の負担を減らせたはずなのだ。
しかし当時のオレはまだ弱く、兄からすれば足手まといだった。
「いや、悪いのは……オレもだ。田舎の村に行ってわかった。厳しいながらも村が生活を出来ていたのは、お主が配給などをしていだからだ。領主代行としての仕事と村々の管理など……大変だったに違いない」
「なんと……いえ、私など大したことは出来ませんでした。ただ、もう一度だけ踏ん張ると決めたのです」
「エルクだな? 彼奴は中々不思議なやつよな。オレも奴のおかげで、もう一度だけ信じることにしたのだ」
「ほほっ、王族らしくはありませんな。だが、それがかえって良いのかと。しかしアルルのことと、傷の手当てがあるとはいえ……よく、決心しましたな」
「オレとて、そんなに簡単な思いではない。だから……試したのだ」
「試したですか?」
「オレの大切なモウル達を、エルクに見せたのだ。しかし奴は、興味を持ちながらも欲しがることはなかった。その気になれば、オレから奪うことや買い取ることは簡単だったろうに。無意識に、そういう思考に行かない人族なのだなと」
あの時に思ったのだ。
こういう人族がいるなら、まだ捨てたもんじゃないと。
もしあそこで、欲しがるそぶりを見たなら……オレはここには来ていない。
「なるほど、エルク殿下らしいですな」
「ただ誤算だったな。てっきり領主についてきた貴族子息だと思っていたら、まさか領主本人だとは」
「ふむ、それで領主を訪ねてきたのですね。領主がどのような者か、そしてそれを見て判断すると……ほほっ、そしたら本人ですか」
「ふっ、流石に驚いたぞ。だが、おかげですぐに心は決まった。ヨゼフ殿、兄ほど頼りにならないだろうがよろしく頼む」
「っ……こちらこそよろしくお願いいたします」
そう言い、ヨゼフ殿が嗚咽を堪える。
オレは気づかないふりをし、途中で目を覚ましたアルルが噴水前でエルクと戯れるのを眺める。
兄貴……代わりにはなれないが、オレもオレなりにやってみるとしよう。




