ますやるべきこと
ふぁ……ここは……そっか、辺境都市ルノアールに来たんだっけ。
俺がベッドから起き上がると、横には背筋を伸ばしたシオンがいた。
相変わらず、いつもきっちりしてるや。
「おはよ、シオン」
「主君、おはようございます」
「さて、二度寝……はダメか」
「ふふ、よろしいので? いつもなら、ここで二度寝をすると言うのですが」
「ふっ、いつものエルク君とは違うのだよ」
何せ、こちらには破滅がかかってる。
二度寝の誘惑を堪え、俺はベッドから出るのだった。
朝の支度を終えたら、館の食堂で皆に混じって食事をする。
「エルク殿下! おはようございます!」
「うん、おはよー」
「我々も頑張りますぜ!」
「無理はしないでねー」
通り過ぎる人々が、そんな声をかけてくる。
どうやら、昨日の作戦は成功だったらしい。
よしよし、これで破滅回避に一歩近づいたかな。
「それにしても……質素だね」
「仕方ないかと。皆も元気に振舞っておりますが、やはり栄養面が不足していますね」
朝ご飯はパンに野菜スープに、干し肉といったものだ。
基本的に二食文化であるこの世界、朝がこれだけじゃ元気なんか出るわけがない。
すると、ヨゼフ爺が対面に座る。
「エルク殿下、おはようございます」
「おはよ、ヨゼフ爺」
どうやら、既に食事は終えているようだ。
しかも朝からピシッと執事服を着ている……俺はまだ寝癖のままだというのに。
「お話は聞いておりました。質素な食事で申し訳ない」
「ううん、それは仕方ないよ。それより、昨日も言ってたけど狩りにいける人が少ないんだよね? というか、若い人が少ないのか」
「若い者達は兵士として徴兵されたり、稼ぎを求めて冒険者になったりしますので……それを止める権利は我々にはございません」
「北の国境と西の国境に戦力が必要だしね。王都周辺の魔物や魔獣を狩るために、冒険者も必要だ」
「ええ、わかっております。辺境の南に位置するドワーフや、何処かにいるというエルフも攻めてくることはないかと。皮肉なことに、それが辺境を放置される理由の一つなことも」
「そっか、辺境は戦争がないだけマシって見方もあるのか。どちらも大変なことに変わりはないとは思うけど」
「その通りでございます、国がなくなっては元もこうもありませんから。あちらを立てればこちらが立たず、その逆もまた然りということかと」
ふむふむ……なるほどね。
みんながそれぞれ頑張ってるけど、自分達のことで精一杯って感じかな?
そのためには、何かしらの方法でこの状況を打破する必要があるってことだ。
「それじゃ、昨日言った通り、ここから変えていきますか。まずは人手がないことには話にならないよね?」
「おっしゃる通りです。街の整備もそうですが、魔物退治や魔獣を狩る者達も必要です」
「うーん、先に食料があったほうがいいよね。まずは体力や気力を回復させないと話にならないよ」
「となると、私の出番ですね」
「うん、頼りにしてるよ。ヨゼフ爺、ちょっと狩りにでも行ってくるよ。確か、北に森があるんでしょ?」
通称、魔の森と言われる場所だとか。
森に入らない限りは安全だが、入ってきた者には容赦はしないらしい。
その代わり、あそこには食材が豊富にあるだろう。
「お二人では危険です。手が回らず放置した故に、森の手前付近であっても魔物や魔獣が入り混じっております」
「でも、食料は必要だから。大丈夫、俺にはシオンがいる。最強の男が鍛えた剣士がね」
「はっ、私にお任せを。我が剣にかけて、主君をお守りいたします」
「私が若ければ……わかりました。ですが、ご無理だけはなさらないように。森の側には見張り小屋があるので、そちらをご利用ください」
「そのかわり、領地をお願いね。うん、無理はしないって約束するよ」
食事を終えた俺達は準備をして屋敷の外に出る。
すると、そこには人集りが出来ていた。
俺が戸惑っていると、住民の一部が前に出てくる。
「エルク殿下! ありがとうございました!」
「おかげさまで、うちの主人が治りました!」
「あんなに痛かったのが嘘のようです!」
次々と、そんな言葉をかけてくる。
少々照れ臭くて、俺はわざとらしく頭をかく。
「あぁー、別に大したことはしてないので……」
「俺もお礼を!」
「私も言わせてください!」
そう言い、次々と人々が詰め寄ってくる。
俺はじりじりと後退し、空いてる隙間に向かって駆け出す。
「それではお大事に! ちなみにお金はいらないので!」
そして、その場を逃げるように去るのだった。
流石に追っかけてはこなかったので、立ち止まって一息つく。
「ふぅ、びっくりした」
「ふふ、照れ屋さんですね?」
「仕方ないじゃん。ああやって面と向かって感謝されることないし」
「私はいつでも感謝してますよ」
「……」
そうやって真っ直ぐに言われると照れてしまう。
そもそも、今の俺の行動は偽善だというのに。
破滅から逃れたいから、良い人を演じてるに過ぎない。
破滅を防ぐためにやってるって言ったら、みんな幻滅するかな?
「主君? 何やら暗い顔をしていますが……」
「ごめんごめん、何でもないんだ」
そのまま噴水広場まで出ると、治療院から数名の男性が出てきた。
その人達が、俺の前で膝をついてくる。
「エルク殿下! 感謝いたします!」
「幸いにして、我々はすぐにでも動けます!」
「何かお手伝いをさせてください!」
「わ、わかったから! 膝を付かなくて良いから!」
ひとまず、彼らを立たせて思案する。
流石に戦わせるのは早いし、何かできることか……あっ、そうしよう。
俺は魔力を込めて、すぐ側にありったけの氷を用意する。
「「「はっ?」」」
「ほい、一丁上がりと……それじゃ、これを崩してみんなに分けてあげて」
「い、いえ、しかし……」
「気持ちはありがたいよ。でも、それはしっかりと怪我を治して体力をつけてからだ……ねっ?」
「なんという寛大な人だ……」
「よし! みんな、まずは体力をつけるぞ!」
すると、彼らが円陣を組んで吠える。
今ここで無茶して死なれでもしたら、俺が悪者になっちゃうよ。
これは無茶をする前に食材を持ってこよっと。
その後、二頭の馬を借りて、門の外から北へと向かう。
ちなみに、一頭は荷物運び用で二人乗りをしている。
「……柄にもないこと言っちゃったね」
「いえいえ、素敵でしたよ?」
「そう? ……なら良いけど」
「それに、柄ではないなど……私を救った後、貴方は同じことを言ってくれましたよ。お礼など良いから、今は元気になることだけを考えてと。ふふ、少し昔を思い出しました」
「俺、そんなこと言った?」
「ええ、今でも私の大切な言葉です」
その言葉に俺は再び照れ臭くなり、どうして良いかわからずに頬をかく。
そっか、俺は破滅を知る前からそんなことを言ってたんだ。
その言葉に、俺は救われるのだった。




