悪役転生?
……ふぁ、眠いや。
欠伸を押し殺し、俺は国王である父上の前に立つ。
何やら用があるというので、玉座の間に呼び出されたのだ。
「エルクよ、何故呼ばれたかわかるな?」
「いえ、皆目見当もつきませんね」
「っ……お主はぁぁ……!」
「怖い顔しないでくださいよ」
すると、隣にいる宰相さんが父上の方に手を置く。
フランベルク侯爵当主にして、父上の右腕の人だ。
ちなみに、俺はめちゃくちゃ苦手です。
「陛下、落ち着いてください」
「はぁ……とにかく、お前も成人を迎えたのだ。我が国には余裕があるわけではないので、国のために働いてもらうぞ」
「えぇー? 嫌だなぁ」
「すでに、お主の仕事は決めてある」
「あのー? 俺の話を聞いてますか?」
「お主を辺境ルノアールの領主に命ずる」
俺の話を無視して、父上が告げる。
それを聞いた瞬間、心の底から思った。
「えぇ……めんどくさいです」
「ええい! いいからいけぇ! そこでしっかりと義務を果たしてこい!」
あらら、これは本気みたいだ。
仕方ない……まあ、辺境に行ってダラダラすれば良いでしょ。
「わかりました。それでは、準備が出来次第行くとしますね」
「うむ、ちなみに期限は二日以内だ」
「うげぇ……できれば、期限を百年くらいに」
「ばかもん! その間に寿命がきて死んでしまうわ!」
「ダメかぁ……」
「ほら、さっさと下がると良い」
俺は諦めて、トボトボと玉座の間から出て行く。
家臣たちの視線は冷たく、俺を止めるものはいない。
それも当然で俺は怠惰に過ごし、側室の子故に何も期待されていない第二王子だからだ。
兄上が婚約もした今、俺の代用としての役目も終わったのだろう。
その後、俺は準備をすることなく……いつものように、庭にある木の上で寝転がる。
「二日もあるなら余裕でしょ。とりあえず、一眠りしますか」
うとうとしてきた俺は、すぐに夢の中へと……入れない。
聞き覚えのある声が聞こえてきたからだ。
「エルク様! どこにいるんですの!?」
「げげっ、この声はやっぱりステラかぁ……」
「エルク様! そこにいるのですね!」
「に、逃げなきゃ——うわぁぁ!?」
俺はとっさに降りようとして足を滑らせ——そのまま、地面に激突する!
そして、そのまま意識が飛んでいく……。
◇
あれ? 俺は何をして……その時、恐ろしいほどの情報が頭の中に入ってきた。
前世の俺、今の俺……勢いよく身体を起こすと、頭に強烈な痛みを感じる。
「っ〜!?」
そうか……俺は転生したのか。
ティルノーグ王国の第二王子、エルク-ティルノーグとして。
前世の俺はアラサーの男で、ごくごく平凡な毎日を送って……いや、社畜か。
最後の記憶は……唯一の楽しみであるWeb小説を読んでいて……そこからない。
「ということは、何かしらの要因で倒れたということ? うぅー……頭が痛い」
「エルク様……起きて平気ですの!? ごめんなさい、私が声をかけたばかり木から落ちてしまって……」
ふと横を見ると、部屋の入り口に泣きそうになっている女の子がいた。
真っ直ぐ艶のある黒髪ロング、意志の強さと気の強さを感じる瞳。
端正な顔立ちと、グラビアアイドル並みのスタイルの美少女……幼馴染のステラだ。
彼女はそのまま、慌てて俺へと駆け寄る。
「ス、ステラ?」
「どうしたんですの?」
「な、なんでもない」
心配そうに覗き込んでくるステラを見ると、心臓の鼓動が跳ね上がる。
な、なんて美少女だ! 目がキラキラしてるし!
エルクは、よくこんな女の子と普通に接してたな!?
前世の俺はあまり女の子に縁がなく……やめとこ。
「ふふ、変なエルク様」
「はは……ごめんごめん。あと、落ちたのは君のせいじゃないから」
「相変わらず優しいのですね……そうですわ! 荒地である辺境に行くって聞いて……」
「そうだった……どうしよ?」
「私がお父様に直訴してきますわ!」
「いやいや、そんなことしたらダメでしょ。宰相であるネイルさんと、父上が揉めちゃうし」
ステラと会話をしていると、徐々に頭の痛みが取れていく。
というか、追放を言い渡されてからの前世の記憶を取り戻す……これって俺が前世で読んでいた小説の展開じゃね?
トラック転生と並ぶ、親の顔より見た転生からの追放じゃね?
「で、ですが、何もそこまでしなくても……エルク様は怠惰ですし、ちゃらんぽらんでダメダメで……あれ?」
「あれ? じゃないし。まあ、その通りなので仕方ないよ」
前世の記憶取り戻した今ならわかる。
我が国は裕福とは言えないのに、エルクは怠惰に過ごして迷惑をかけていた。
追放されても仕方ない……ん? 待て待て。
これって普通の追放か? 怠惰な王子が荒れた土地と飛ばされる?
「わ、私もついていきますわっ!」
「それはダメだよ。危険な場所だし、ネイルさんが許してくれないよ」
「それでは、エルク様は……」
俺が倒れる前に読んでいた物語は悪役転生だった。
その時に、嫌という程読んできた。
《《追放された領主で悪役転生》》というものを。
そうだよな、いくら怠惰であっても王子を辺境に追放とかないよね。
「これは、そのパターンじゃないか? エルクの性格上、領地経営なんかせずにダラダラ過ごす……当然、民衆は怒り狂う」
「エルク様? 大丈夫ですの? やっぱり、まだ意識がはっきりしないのかしら」
「う、うん、実はそうなんだ。ごめんね、悪いけどもう一眠りする」
「わかりましたの。それでは、また来ますから」
そう言い、ステラが綺麗なお辞儀をして部屋を出ていく。
状況を確認するため、俺は急いで鏡の前に立つ。
そこには青髪に黒目をした、どちらかというと可愛い系の少年がいた。
「ふむふむ、いかにもモブっぽいな。こう、可もなく不可もなくみたいな」
……自分で言って悲しくなってきた。
後は、俺が回復を含む水魔法を使えることか。
近接戦闘はからっきしだけど、魔法はそれなりに使えたはず。
「そして行く場所は荒地で水不足、そして怪我人とかも多そう……エルクの性格は悪くはないけど、王族特有の感覚と怠惰なところは筋金入りだ」
とてもじゃないが、率先して庶民に水を提供したり傷を癒すことなどしないだろう。
それに対して、悪いという感覚を持ち合わせていない。
それは、王族としては割と普通の感覚だ。
「しかし、元庶民の俺ならわかる。もしそんなことをしたら……暴動になる」
見えてきたぞ……この悪役転生の流れが。
俺は辺境に追放される→辺境で悪政を敷く→主人公が現れて反乱が起きて俺が殺される→そこから大陸を巻き込む戦乱になる。
「大雑把だけど、こんな感じかな? ゲームの記憶とかないけど、そのうち思い出すかな……死にたくないなぁ」
まだ女の子と付き合ったこともないし、まだまだ美味しいものを食べたい。
それにダラダラしたいし、ダラダラしたいし、ダラダラ……そしたら破滅だ!
ぐぬぬ……仕方ない、なんとか破滅回避してみせますか。
……と思っているエルクだが、これは悪役転生などではない。
本当にただ、怠惰な王子が辺境に飛ばされる話。
しかし当の本人は思い込みが強く、悪役転生だと思って突っ走る。
これは——悪役転生だと勘違いした怠惰な王子の奮闘記である。