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星が大地へ還るまで  作者: 望月翔華
1/1

【1ー1】全ての始まり

 ……あの日。

 村も、人も、そして、私自身も。全部、全部、全部。

 全部、狂ってしまった。



 ───魔法暦252年、12月21日。


 寒空の下、ステラは長い金髪を靡かせながら走り続ける。今日は、仕事で街へ出ていた母と父が帰ってくる日。毎年1回か2回あるかどうかの、貴重な時間。

 昨夜からそわそわして眠れなかった。何を話そう。まず、何をしてあげようかな。疲れている母と父に、料理を作ってあげるのもいい。今日は寒いから、村のみんなに教わったスープにしよう。

 喜んでくれるかな、褒めてくれるかな。

 期待に胸を踊らせながら、ステラはさらに走るスピードをあげる。

 その時、きらり、と視界の端で何かが光った。違和感を覚えて、ステラはぴたり、と足を止めた。


「……?」


 何が光ったのだろう。ステラは周りを見渡した後、空を見上げ───目を見開いた。


 空から、星が降っていた。


 いいや、綺麗な星なんかではない。あれは、何?

 ステラは思わず傍にあった岩陰に隠れた。ドォン、と、次々と鳴る大きくて恐ろしい音。地面が震えて、立っていられなくなった。ステラは思わず頭を抱えながら、身を小さくさせた。

 しばらくそうし続けて、音が止んだ。恐る恐る顔を上げ、岩陰から顔を出してみる。

 ステラの顔は、絶望に歪んだ。

 ステラの大好きな村は火に包まれ、なぜ聞こえなかったのか分からないほどの、人々の逃げ惑う声、泣き叫ぶ声が耳に入ってくる。村から少し離れたこの高台からも聞こえるのだから、近くはもっと絶望に溢れているに違いない。

 ステラはしばらく呆然と立ち尽くしていた。そして、はっと我に返る。

 今日は母と父が帰ってくる日。もちろん、近くにいるはずだ。ステラは何度も村を振り返りながらも、前へ進んでいく。

 道なりに進んで行くにつれて、被害の重大さが伺える。母と父は無事だろうか。いや、きっと無事だ。そう震える足に言い聞かせ、必死に走る。

 だが、そんな希望は無惨にも砕かれることとなる。


「……ぁ……あ………!」


 母と父は、そこにいた。……ぴくりとも動かず、赤い血を流しながら、ただの物のように転がっていた。

 ステラはゆっくりと、両親だったものに近づいていく。

 一歩踏み出すごとに、呼吸ができなくなってくる。喉から、ひゅぅ、ひゅぅと音が鳴る。

 両親の虚ろな瞳が見えた途端、ステラの瞳から涙がぼろぼろと溢れ出した。これは、夢ではなく、現実だ。そう確かに突きつけられた。

 もう、両親は笑ってくれない。頭を撫でてくれない。抱きしめてもくれない。ステラ、と、優しい声で呼んでもくれないのだ。

 思わず膝から崩れ落ちたステラを、またもや星が襲おうとしていた。ステラは向かってくる星を睨みつける。


「……ああああああああああ!!!!!!」


 ステラは迷わず右手を空へと突き出す。そうしたら何故か、両親を奪ったあの忌々しいものを、消せるような気がした。

 右目が、燃えるように熱くなった。

 その瞬間、ステラの視界を占めていた星が、忽然と姿を消したのだ。

 ステラは目を見開き、恐る恐る右手を見つめる。ゆっくりと、右手から魔力が体の内側に戻っていくのがわかる。星を自分が消したのだと、ようやく理解ができた。


「あら、すごい魔力。ちょうどいいわ」


 ガタガタと右手を抑えて震えていると、どこか心地の良い声が聞こえた。

 振り向くと、綺麗な女性が立っていた。吸い込まれそうなほど綺麗なルビーの瞳は、ステラだけをうつしている。


「あなた、もしかして……」


 女性はステラを見つめ、しばし考え込んだ。そして、綺麗な笑みを浮かべる。


「やっと見つけた」


 女性はステラに向かって、ぶつぶつと何かを唱え始めた。魔法のようだったけれど、ステラにとってはどうでもよかった。いっそ、このまま殺してくれればいいのに、とさえ思っていた。

 座り込んでいるステラの下に、ぼう、と魔法陣が浮かんでくる。


「よし、これで大丈夫かな。……うん、不老不死の呪い、成功してる」


 ステラは不老不死、という言葉に驚き、ぱっと顔を上げる。

 視界が紫の花で埋め尽くされる。眩しくて、思わず腕で顔を覆った。


「また、時が来れば……迎えに来るわね」


 魔法陣がふっと消え、ステラの頬に口付けを落としてから、女性は行ってしまった。

 ステラは体を引きずりながら何とか両親の手を握る。そこで、ステラの意識は途絶えたのだった。



「………ステラ、起きてください!」

「!」


 聞き馴染みのある声が聞こえ、ステラは勢いよく上半身を起こした。

 夢。それも、昔の夢だなんて、久しぶりに見た。


「大丈夫ですか?うなされていましたけれど……」

「うん……大丈夫だよ、フィーリア」


 フィーリアと呼ばれた少女は、安心したように息を吐いた。


「今日は国境近くの街まで行くんでしょう?森を抜けるのですから、早めに出発した方がいいですわ」

「あぁ……そうだったね。すぐに支度するよ」

「では、わたくしはチェックアウトの手続きをしてきますね」

「ありがとう」


 ばたん、と閉められる扉。フィーリアは本当に有能で助かる。後でお礼のお菓子を買おう。きっと喜んでくれる。


 星が降った日……長い歴史の中で、「天災」と呼ばれるようになった災害は、今も小規模ながらこの世界を襲っている。

 あの日、謎の魔女に不老不死の呪いをかけられてから、ステラは呪いの解き方をずっと探し続けている。フィーリアは、その旅の途中で出会った。

 あの魔女の素性は、この500年間ずっと探り続けているけれど、中々新しい情報が入らない。余程潜伏が上手いのか、はたまたもう死んでいるのか。

 もし死んでいるとしたら、それは困る。この呪いの解き方を教えてもらわなければ。


 うーん、とステラは伸びをすると、乱雑に置かれていた魔法杖を手に取り、とん、と軽く地面に当てた。その瞬間、ステラの体は光に包まれる。髪を緩く三つ編みし、寝間着からいつもの服に着替え、寝間着をこれまた乱雑に何も無い空間に入れた。だが、ステラの体は全くもって動いてない。物だけが、まるで意志を持っているかのように動く。


「その魔法、わたくしも使えるようになりたいですわ」


 声がして、ステラは扉の方を振り向いた。

 そこには、いつの間にやら帰ってきていたフィーリア。


「これは……ちょっと難しいから、また今度ね」


 頬を膨らませて不服だ、と伝えてくるフィーリアに、ステラは困ったように微笑んだ。


 魔法。それは、奇跡を起こす力。


 魔法は基本的に誰にでも使え、今の社会において必要不可欠な存在だ。だが、魔法にも個人の得意不得意がある。

 例えば、フィーリアは聖女と呼ばれるほどの治癒魔法の持ち主だ。支援魔法も同じくらい得意だが、戦闘魔法はからっきし。ステラは何百年も修行と呼べるようなものをしているので、大抵の魔法は使えるが、治癒魔法などの支援魔法は適性が低いのか、人並み程度にしか使えない。


「あっ、ステラ。リボンはまだ付けていらっしゃらないですよね?」

「うん」

「ほら、今つけますから。お座りになって?」


 ステラが大人しく従うと、フィーリアはステラの三つ編みの結び目にリボンを付けた。これは、フィーリアと旅を始めた頃からの習慣のようなものだ。最初は魔法でできるから、と断っていたものの、あまりにも悲しい顔をするので、お言葉に甘えて毎日付けてもらっている。


「できましたよ」

「ありがと」


 ステラとしても、最近はこの習慣がないと一日が始まった気がしないのだ。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」


 上機嫌なフィーリアを連れ、ステラは宿を後にした。

この作品を読んで下さりありがとうございます。

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