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結構なお手前

 刀が空中で静止していました。


 付け加えましょう。 彼は超能力を用いているのではありません、糸や布などの類を使って曲芸じみたトリックを用いているわけでもありません。 電話をしながら両手で作業をしなければならない時に受話器を肩と側頭部で挟むことがありますよね。ちょうどそれと同じことが刀で起きていました。


 真剣白刃取り……とも違う何か奇妙ですらあるその絵面はしかし、彼の膂力が常人の及ぶところではないことを示しています。


 あり得ない。


 と、刀をけしかけた男もそう思ったのか手元の得物を眺めてポカンと立ちすくむばかりです。 数瞬ののちすぐに思い直したのか、受け止められた?刀をもう一度手元に戻そうと渾身の力を込めたように見えました。


 しかし微動だにしません。


 男は鳴滝さんの背中に左足を乗せて、さらに力の乗りやすい体勢を取ります。それでも刀は抜けません。


 鳴滝さんはしばらくされるがままでしたが、背後で男が奮戦しているのを尻目に、そのまま立ち上がりました。必然、刀にしがみついていた男もそれに合わせて体が持ち上がります。 男の身長をゆうに超える鳴滝さんが立ち上がったのですから、男は鳴滝さんの首元から水平に伸びる刀にぶら下がるような格好となってしまいました。


 ここまででたらめと来ては律儀に付き合ってやることもないと思ったのか、男はすぐに刀を諦めて床に降り立ちます。 刀越しに伝わってくる男の体重が消えたのを感知してか、鳴滝さんも首と肩を正常な位置に戻して、刀を離します。


 刀はコンクリートの床に落ちて派手な反響音をビル中に響かせました。 これを好機と見るや男はすかさず刀を拾い直し、再び鳴滝さんに攻撃を仕掛けます。


「死んでください!!」


 男が叫び声を上げながら鳴滝さんの顔面目掛けて、一文字斬りを試みました。


 鳴滝さんは冷静にこれを対処。


 一度目は肩と側頭部で。


 二度目は……。


「瞼っ……!?」


 思わず男が驚愕の声を漏らします。


 そうです。


 鳴滝さんは真横から飛来する刀の刀身を片目の瞼を閉じて受け止めていました。 ウインクで全身全霊の一撃を受け止める、というのは図らずも相手を煽る格好になっています。しかし男は激昂するでもなく、眼前の光景をただただぼんやりと眺めているだけ。それもそのはず、わたくしや桂城さん含めこの場にいる全員が。


 ギャグだろ。


 というツッコミを胸中で唱えていたはずですので。


 我に返った男は例によって刀を引き抜こうと、奮闘しますがやはりどうにもなりません。 バラエティ豊かな真剣白刃取りを前に、男はある決断を下します。


「仕方ありませんね……!」


 男は刀を諦めることにしたようで、柄から手を離しました。


「…………」


 瞼によって挟まれたままの刀は空中で独りでに浮遊しているようにも見えます。一瞬、男もその異様な光景に意識を取られかけていましたが、すぐに両腕を構えて、鳴滝さんに勝負を仕掛けました。


 ですが、武装した状態でこの有様なのですから、男の辿る末路は想像に難くありません。


「シッッ」


 男はファイティングポーズを取ったまま、鳴滝さんに接近し、間合いが重なると、右ストレートを打ち込みました。しかし攻撃は命中する前に、刀の柄によって弾かれました。


「っ」


 男の舌打ちだけが聞こえます。もはや驚いている余裕もないのでしょう。鳴滝さんは瞼で掴んでいる?刀を、振り回して男の拳を受け流したのです。これまでの経緯を観察していたこちらとしましても、さもありなんとしか言いようがありません。


 男はめげずに拳を繰り出します。


 左のフック――――受け止められました。


 アッパー――――叩き落されました。


 もはや技とは呼べないげんこつ――――撃沈。


「っ、っ、っ!!――――」


 男の舌打ちも増え始め、目に見えて怒気を滲ませていることは誰の目にも明らかです。


 鳴滝さんの首が右に左に上に下に、と動くたびに男の攻撃は撃ち落されて無力化されます。その様は傍目に見ると、中々に滑稽でしたが、いいようにあしらわれている男にとっては憤懣やるかたないものだったことでしょう。


 誘拐の際の手際といい、日本刀を持ち歩いていたことといい、男は何らかの訓練を受けた手練れである、とわたくしは認識しておりました。鳴滝さんとの応酬も力の差が圧倒的なため霞んで見えるだけで、男の動きはそれほど悪いものでもありません。そんな彼だからこそ屈辱的に感じるのでしょう。仕事を引き受け、対価を貰う。同時に積み上げてきた小さなプライド、確かな手ごたえをその身に宿していたはずです。


 そんな経験と実績に裏打ちされたプライドが今。


「ふざけるのも大概にしなさいっ!!!」


 圧倒的な暴力を前に弄ばれていたのでした。


「そうか。じゃあこれで終わりにしよう」


「は」


 突如として言葉を発した鳴滝さん。殴打に集中していた男の顔が上向きます。が、彼の視界は何故か横倒しになって、とうとう地へと伏しました。


 鳴滝さんが右足で男に足払いを仕掛けたのでした。


 足払いで男の身体は一瞬宙に浮き、バランスを崩したまま地面に倒れこみました。 立ち上がろうとする前に鳴滝さんは男の髪を左足の五指で掴みます。 何をするかのと思えばそのまま掴んだ左足で男の身体を彼の目の高さまで持ち上げるという大道芸をお見せしてくれました。


 当然男の髪は重力との綱引きにより激痛を被ることになり男は悲鳴を上げます。


「いだいいいだいだいぃぃぃ!!」


「何が目的だ」


 鳴滝さんはそんな男の慟哭など気にも留めず、尋問を続けます。


「言え」


「み、身代金です!!」


「本当にそれだけか?」


 男を片足で掴んでぶら下げたまま、鳴滝さんは真意を確かめるように顔を近づけました。


「本当です!!!!」


 鳴滝さんは軽く舌打ちをして、髪を掴んだ左足で男を投げ飛ばしました。 男の身体は一瞬宙を舞って、わたくしが縛られてもたせかけられている柱の前にドサリと音を立てて落下。 男は地面に接地するが早いか、何度か咳き込んで、吐き気が喉元まで出かかっているような表情です。


 すると鳴滝さんは、突如として両手をつないでいた手錠の鎖を引きちぎりました。


「な……なんで」


「ん?」


 それまで黙り込んで、同じように縛られていた隣の女生徒が思わず声を上げます。 彼女の声につられるように鳴滝さんも反応しました。


「なんで、簡単に手錠外せるのに...」


「ああ...」


 要はなぜ彼、鳴滝さんが手錠を外さずに男二人の相手をしなかったのか、それを彼女は聞きたいようです。


 これはわたくしも疑問とするところでした。 不自由な状態で格闘する理由がどこにあるというのでしょうか。


「それはな」


 鳴滝さんがこともなげに答えます。


「両手まで使えるような状態で戦ったら過剰防衛になるだろ」


 言い終えると彼はこちらから背を向けて部屋の外で壁にもたれかかっている――初めに無力化された――男の方へと向かいました。


 もうたくさんです。


 早く家に帰りたい。


 ……しかし嘆くばかりではないでしょう。


 彼の起こした争いの巻き添えを食うことはなかったのです。


 今はその一つまみの幸福を噛み締めておくとしましょう。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


「動かないでください!!!」


 男のズボンのポケットを探ろうとドアのない部屋を出ると、背後から俺の耳朶を打つ怒声があった。 急いで振り返ると先程放り投げた男が少女Bを人質に取って鬼気迫る表情でこちらを睨んでいる。


 その手にはさいぜんより持ち歩いていた刀が握られており、少女Bの首元にあてがわれていた。哀れ、少女Bは怯えた表情を隠そうともしないですくみ上がっている。恐怖のあまり声すら出せないようだ。


「動くなと言ったでしょう!!!」


 刃が少女Bの首元に浅く沈んで、刺された個所から一筋の血が流れ出る。 少女Bはもうすでにさめざめと泣き出していた。


 ぬかった。


 俺一人なら何の問題もなかった。


 背後から叩かれようが刺されようが何の問題にもならない。


 しかし今回この場にいたのは俺だけではなかったことを失念していた。 敵が気絶していたならばいざ知らず、まだ意識のある状態で放置してしまうとは。


 どうする?


 男は彼女を人質に取ったまま俺のいる出口側へとにじり寄っている。 このまま逃げおおせる算段らしい。


 俺には回せる頭がない。


 こんな時に玲香がいてくれたら...などと思っていた矢先、突然男が全身を痙攣させて、背中から床に倒れこんだ。


 何があったのか、それは考えるまでもなく見れば分かることだった。


 両手両足を縛られて座り込んだままの少女Aが後ろ手にスタンガンを持っていた。 どうも彼女は男の背後にすり寄って、持っていたペン型のスタンガンを足に触れさせたらしい。その時の俺は悔恨や自責の念に囚われて、彼女の行動には気が付かなかった。


「護身用に、も、持ち歩いてるんです...スタンガン」


 彼女は首だけこちらに向けて少し恥ずかし気に、しかし誇らしげに呟いた。


「持ち物を取り上げられなくて...良かったです...」


「ああ...助かった」


 助かった、助かったのだが。


「ふ、ふふん。もっと褒めてくれても...良いですよ」


「いや、本当に助かった。だが...一ついいか?」


「?」


 少女Aは不思議な様子で小首をかしげる。


「お前が男にスタンガンを当てた時にだな」


「はい」


「人質になってた奴まで巻き添え食ってる」


「あ」


 倒れた男の傍らでこちらも背中から倒れこんで仲良く天井を見つめる少女が一人。 先程まで男に捕らえられて怯えていた少女Bその人である。 少女Aが使用したスタンガンの電流は男の足を伝って、胴体へ。


 胴体でひとしきり暴れまわった電流は、更なるフロンティアを目指して、その際密着していた少女Bの身体を駆け巡った。間接的であったことを加味すれば、男の味わった苦痛に比べて、大したことは無かったはずだが、温室育ちのお嬢様には気絶させるのに充分な刺激だったと言えるだろう。


 驚愕の事実を目の当たりにした少女Aはあんぐりと口を開けたまま呆けている。


 とにかく今は現状すべきことに着手しよう。 改めて壁にもたれかかった男を見やると、近づいて衣服のポケットを探った。


 ちょうど胸ポケットを漁っていた辺りで、目的のものを探り当てる。俺は男に没収されていたスマホを取り出して、玲香へと電話を掛けた。


 ワンコール。


 電話を掛けながら部屋に戻る。


 ツーコール。


 依然手錠で繋がれている二人を抱え上げる。


「ちょ、ちょ!」


 少女Aが何事かわめいているが、今は聞いている暇はない。


 窓枠に足をかけると、ガラスの破片が砕ける音がした。


 玲香の応答を待つ。


 スリーコール。


「……行くか」


 そう呟いて俺はビルの窓から飛び出した。

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