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目覚め

「……の……あの……」


 起きているとも寝ているともつかない夢現の狭間、雲間から光がゆっくりと差し込むようにその声は意識を優しく呼び起こす。


「起きてください……」


 やけに明瞭なその一言が俺の目覚めの決定打となった。 安らかな寝起きには似つかわしくない機敏さで瞼を開く。 当然の帰結として、暗順応しきっていた両の目に許容量を超える光が舞い込み、俺は再び瞼を閉じる羽目になった。 数秒の間を置いて、再度目を開ける。二の轍は踏まないように、ゆっくりと。 まだ光に慣れきっていない両目に最初に映ったのはコンクリート壁。 何が書いてあるのかよく分からないスプレーアートで埋め尽くされている。


 少し間をおいて、右を見やると、少女Aの少し憔悴の色が見える顔があった。少女は体を俺と同じ方向を向けて顔だけをこちらに向けている。 後方の窓から差し込む後光も相まって中々絵になる。


 などという腑抜けた考えは少しも長続きしなかった。


 両手が後ろ手に縛られているのだ。 感触を頼りにすればどうも手錠らしいというのが辛うじて分かる。 真横の少女Aの両手を繋ぐものを見てみればなるほどその当て推量に間違いはなかったのだというのも分かる。


 俺たちは直径一メートルほどの円柱にもたれかかって、座り込むような体勢を取っていた。 両足首に視線を投げかけてみればやはり手錠が掛けられており、少女Aも同様だった。


 彼女に後光を届ける窓をよく見てみれば、在りし日には雨風から室内を守っていたであろうガラスが無残な姿でその最期を晒している。 そうした荒れ様から察するにどうも廃ビルの一室のようで、ろくな手入れをされていないことは一目瞭然。 窓の外の景色を見るに少なくとも一階ではないようだが。


「よ、ようやく目を覚ましたんですね」


 くだらぬことにうつつを抜かしているうちに目の前の少女の存在が頭から抜けていた。必死に絞り出すような声で少女は続ける。


「わ、私たち……ゆ、誘拐された、んです」


 言われるまでもなく分かってはいたことだが改めて腑に落ちたという感じがする。


「誘拐された...というのは、校門での出来事か?」


 最後に記憶にあるのが緒方の持っていた銃だった。 それから何かが首に刺さって……。


「は、はい。あなたとぶつかった後、わたし――わたしたちは……車に連れ込まれたんです」


 『わたしたち』という言葉の意味を説明するように彼女は俺の視線の先とは逆の方向を指差す。見れば 狭い柱に同じように寄りかかる少女Bが俺の左横に居心地悪そうな顔をして気を失っていた。 俺たちと同じように手足を繋がれている。


「それから」


 俺が左横の少女Bを視認したのを見届けたかのように少女Aは続ける。


「そこから先は……あなたも知っての通りです……。車が発進する前に……あなたが来て……さ、散々引っ掻き回しましたよね。それで、わたしは気絶して……あの……どうしてあなたまで誘拐されているんですか?」


 当然の疑問だ。


 あの状況からなぜ俺まで誘拐されることになったのか。 俺はかいつまんで事情を説明した。


「な、なるほど……」


 少女Aは視線を落として俯く。


 絶望的な状況に陥ったことに気落ちしているのだろうか?


 無理もない。年端も行かない少女が得体のしれない男たちに攫われれば、生きた心地がしないのは当然と言える。


 俺は気分転換を促すように質問を繰り返す。


「あれからどれくらい経った?」


「わたしが目を覚ましてからここまで五分くらい...だったかな...。男の人がいなくなってから...五分になるのでちょうど十分程度になる...と思います」


 彼女がどれだけ気絶していたかにもよるがそれほど長い間、俺は気を失っていた訳ではないらしい。それに思ったよりも学校から近い距離にあることも分かった。恐らく市外へは出ていないだろう。


「ここがどこかは分かるか?」


「……すみません。道中の車内ではこ、後部座席にいたのですが.……四方にカーテンのようなものを下ろされて、外の景色は見えませんでした……」


 その辺りでぬかったりはしないか。


「この子について何か知ってるか?」


 分からないものは分からないと切り替えると、顎でしゃくって少女Bについて問う。


「た、たぶんクラスメイトだと、おも、思う」


「ほお、お前と同じクラスか」


「い、いえ、ですから、わたしもそうですし、あなたも同じクラスですよ……」


「え」


 注意深く少女 Bに視線を注ぐ。


 そうか、クラスメイトだったか。道理でどこかで見たような気がすると思った。


「というかお前も同じクラスだったんだな」


 彼女は窓の外に気を取られながら首肯する。ただ肯定の意図を伝えるためだけの空っぽな相槌だった。


 やはり会話程度では気を紛らわせることはできないか。


「何か誘拐される心当たりは?」


「ありません」


 きっぱりと告げる。


 一応質問した手前、あえて口に出すようなことはしなかったが、桂花女学院の生徒が誘拐される理由などいくらでもあるだろう。 あくまで少女Aに個人的な因縁があるかどうかを尋ねただけだった。


 ひとしきり情報共有を終えて、コンクリート造の一室に静寂が訪れる。 十分ほど経過した頃だろうか。ビル内のどこかからか軽薄な調子の男の声が聞こえてきた。 しばらくして少しトーンの落ち着いた男の声も響いてきたことから、どうやら二人の男が会話をしているらしいことが分かる。


 先程の二人組だろうか?いずれにせよ男達はこの部屋に近づいてきているようで、もう数十秒もあれば到着する。


「さて」


 両足の外転筋に軽く力を込めると、両足首を繋いでいた手錠は音も立てずにその役目を終えた。


「な、何を……」


 呆気にとられる少女の疑問の声には目もくれず自由になった両の足で立つ。 後ろ手の手錠はそのままに、入り口へと向きを変えた。そして声がこれ以上ないほどに近づいた時を見計らってドアもついていない入り口へ向けて跳躍をする。

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