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奇妙な二人組

 その日は初日ということもあり授業は半ドンで終了し、あとは帰宅を残すのみとなった。 玲香の座る席に視線を移すと、彼女は新しい同級生達に囲まれて会話に花を咲かせていた。 彼女の用が済むまで自分の席で読書をしていよう、と考えた俺は持ち合わせた少女漫画を読む。


 一時間ほど経った頃だろうか、机の上に置いてあったスマホが着信を知らせる効果音を鳴らす。スマホに入れていたメッセージアプリによるものだ。 確認してみると件の玲香からだった。 曰く『長引きそうなので、校門で待たせている運転手さんに先に帰るよう言伝をお願いします』とのこと。


 『どうやって帰るつもりだ』と返信。 すると『歩いて帰ります。そのためにあなたがいるのでしょう』と返ってくる。 『了解』と返事をしてスマホの電源を落とした。


 運転手じいさんの連絡先は把握していないため直接、伝言をしに行く必要がある。 玲香を置いて教室を離れるのは、少し不安だが、今は級友と一緒にいる。 それにここは天下の桂花女学院。警備体制は万全で不審者の忍び込む隙などないだろう。


 そう考えた俺は開いていた少女漫画を閉じ、席を立った。 教室を後にして校門へ向かう。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 運転手への伝言を終えた俺はすぐさま教室に取って返そうとする。


 そうして校舎の方角へ踵を返した時、腹の辺りに何かがぶつかった感触、と同時にふわりと香り立つラベンダーの香り。


 何だろうと思って視線を下げると、そこには女生徒がいた。


「お、すまん。怪我はないか」


 すかさず謝罪して距離を取る。


 女生徒は髪を肩まで切り揃えたいわゆるボブカットという髪型なのだが、前髪が長い上に俯いているためその顔は伺い知れない。


「い、いえいえ、そ、その……こここちららこそそ失礼しししましたた」


 女生徒は視線を上げて俺の顔を見る。


 くりっとした両目の上に長く整ったまつ毛。


 白い肌が瑞々しさを伴いつつも儚さを醸しだす。固く結ばれた彼女の薄い唇は緊張の色を窺わせていた。


 彼女の顔はお嬢様の名に相応しい、瀟洒な容姿をたたえていた。


 しかし如何せんパッとしないオーラをまとっているため、地味な印象がぬぐえない。


 そう、少女Aとでも言う感じだ。


「ん?」


 少女Aの容姿にばかり気を取られていたが、その下、地面の方に何かが落ちているのを目の端でとらえる。 かがんで確認すると、どうやら香水のボトルであるらしいことが分かった。蓋が空いていて、中身がこぼれているため、周囲にはきついラベンダーの香りが漂っている。


「あ、ああ……!」


 俺がかがんで地面を観察していることに疑問を覚えた少女Aもまた地面へと視線を落とした。


「わたしの香水が……!?」


 顔を上げて少女Aの顔を確認するとただでさえ幸の薄かった彼女の表情は涙を添えられて、さらに薄幸さを増していた。


 どうやらぶつかった時に落としてしまったらしい。


 俺はしゃがんだ状態から立ち上がる。


「いや、ほんとにすまん」


 頭を下げて謝罪した。


「い、いいんです。どうせ中身も……少なかったです……し……」


 少女Aは香水のボトルを拾い上げて、一礼する。


「し、失礼します……!」


 一礼した少女Aは俺から離れてそそくさと校門へと向かっていった。 謝る隙すらなかった。今度会ったら何か埋め合わせをしなければな。


 人心地ついている暇のない俺はとりあえず彼女のことは脇に置いて急いで昇降口へと入っていく。


 途中で、一人の女生徒とすれちがった。どこかで見たことがあるような気がするが、同級生だったのだろうか?


 下駄箱を開いて先程脱いだばかりの下履きに再び履き替える。 完全に足にフィットするようにつま先を床にトントンと当てている時のことだった。


 俺は背後に微かな気配を察知した。すぐさま振り返ると、校門のすぐ傍に車が一台停めてあった。


 先刻まではそこには何も停まっていなかったはず。 すると、俺が昇降口に入って、靴を履き替えている数十秒の間に車が来たのだろうことが推測される。 4ドアのシルバーバンはスモークガラスに覆われていて車内をうかがい知ることはできない。 運転席はスモークガラスがついておらず、誰かが乗っているだろうことは確認できた。


 が、この距離ではどんな人相の人間が乗っているかまでは分からない。


 そういえば、と思い至る。 ぶつかったばかりの少女の姿が見当たらない。 もちろん、既に校門の外に出ていて、視界の外を歩いている可能性も考えられるが。


 嫌な予感がした。


 俺は下履きのまま昇降口を出て、校門へと向かう。近づいていくと、運転席には、七三分けのスーツ姿の男が乗っているのが、見てとれた。 接近しながらジーっと観察していると、さすがにこちらに気づいたのか、スーツの男がこちらを向いて、俺たちは目が合う。


 ガラス越しではあったが、そいつが舌打ちをしたことは分かった。


 何事かを後部座席に向かって言い放った男はこちらに向き直って運転席の窓を開く。


「てめえ、なにもんだ?」


 開口一番、聞くことがそれか? 一目瞭然だというのに。


 俺は軽く頭を振ると、ため息をついて答える。


「見れば分かるだろう、この学校の生徒だ」


 男はしばらく呆気に取られていた。口をあんぐりと開けて、そのまま数十秒。 ようやく理解に至ったのか、男は再び口を開く。


「てめえ、なにもんだ?」


 こいつはバカなのか?


 全く理解できていないじゃないか。


 こんなにも可憐な乙女を捕まえて、こともあろうに『てめえ、なにもんだ?』だと? しかもその質問が二度もされたと来た。


 どうやらこの男は桂花女学院に似つかわしくないアホさと粗忽さを露呈しているようだ。


 全く。


 バカとまともに取り合うのは疲れるな。


 そもそも関係者でもないこいつらは天下の桂花女学院の門前に車を横付けして、一体何の用だと言うのか。


「それはこっちのセリフだ。お前は何者だ?」


「おめえに聞いてんだよ!!何で警備員がこの学校の制服着てんだ!!!」


「だから俺は生徒だと言っているだろうが」


 運転席の男と口論が勃発し、一触即発となっていたその場に、第三者が現れる。その第三者は後部座席からニュッと顔を覗かせ、こちらに礼をした。


「大変申し訳ございません。お騒がせしましたでしょうか?」


 驚いたのはその男の顔が運転席の男のものと瓜二つだったということだ。 双子か何かだろうか。


「お前は?」


「申し遅れました。わたくしこういう者でございます」


 顔だけを覗かせていた男は闇の中から手を差し出す。 その手には名刺が握られており、俺はそれを受け取った。


 『やみのくに出版 営業部 緒方秀和』。


 名刺にはそう書かれている。


「本校には教科書を販売させていただくという目的で訪れておりました。警備員であるあなたには――」


「俺は生徒だ」


 緒方秀和という男は、俺の顔をまじまじと見つめた後、間違いを訂正する。


「失礼しました。生徒の方、でしたね」


「もう営業は終わったのか?」


「はい。これから支部に戻るところでございました」


「どんな教科書を売ってるんだ」


「少々お待ちください」


 緒方はいったん、後部座席の暗がりの中に戻り、しばらくするとまた顔を覗かせた。名刺の次に手にしていたのは教科書だった。


「こちらはサンプル用になりますが、学校の方からはご好評を博しまして、来年度からいくらか納入させていただく運びとなりました」


 俺は数学IAと書かれた教科書を手にする。


 パラパラとめくってみて異変は見当たらないことが分かる。 そもそも何が書いてあるのかが分からないことも分かる。


 分かったことが三つ目になったところで俺は教科書を閉じる。


 質問をしながら教科書を緒方に返す。


「なあ、一つ聞きたいんだが」


「何でございましょう?」


 緒方は相変わらずニコニコして気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「その教科書だが――」


 この男、外面だけではなく。


「どうしてラベンダーの香りがするんだ?」


 内面まで腐っていたようだ。


「は」


 間抜けな声を出して緒方の表情が凍り付く。


 返答を聞く前に、車の前面と側面を両腕で挟む。 ギリギリという外装の凹む音が聞こえると、俺はそのまま車を持ち上げた。


「な!何が起こってやがる!?」


 運転席の男が慌ててハンドルを切ろうとするが、当然意味をなさない。


「この箱の中に入ってんだろ?」


 俺は緒方にずばり尋ねてみる。


「な、何を言ってるんだか?」


 言葉の意味を理解しているはずの緒方はすっとぼけて、知らないふりをする。


 そっちがそう来るなら。


 持ち上げた箱を両手で縦に横に、上に右にと、様々な方向に振ってみる。


「うわああああああああ!!!!!」


 車を振り続けると、後部座席にいた緒方が前方の座席に躍り出てきた。


 はずれだ。


「違う、お前じゃない」


「やめろおおおおおおお!!!」


「――ぁぁ――!」


 男二人分の悲鳴に混じって、奥の方から少女のそれと思しき絶叫がかすかに聞こえた。


 そうしていくつかの試行を経て、ついに。


「あら」


 二人分の女生徒が前方の座席に飛び出てきた。


 一人は分かる。


 さっきぶつかった少女Aだ。 ハンドルにもたれかかるようにして気を失っていた。 度重なる揺れとそれに伴う衝突に耐えかねたようだ。


 もう少し加減すべきだったか。


 まあいい。


 問題はもう一人だ。


 少女Aよりももっとパッとしない印象の少女。 彼女はフロントガラスに顔を押し付けるような形でこちらも気絶していた。 そういえばこいつはさっき昇降口前ですれ違った気がする。 どうやらあの後、少女Aと一緒に車の中に連れ去られたらしい。


 ツイてない奴だな。


「おい」


 俺が女生徒二人の安否に気を取られていると、運転席の開いた窓から声がした。 そちらへ顔を振り向けると、憔悴しきった顔の緒方が赤い羽根のついた銃のようなものを持ってこちらに向けていた。


「やべ――」


 一瞬なりとも判断が遅れた。銃弾の一つや二つなら耐えられる。矢でも鉄砲でも持ってこい、と。その余裕が、油断がまずかった。


 銃らしきものから赤い羽根のついた銃弾が射出され、ものの見事に俺の首元に命中。 刺さった個所から急激に感覚が失せていく。まるで自分の身体ではなくなったようだ。麻痺したような感覚が脳にまで達したころ、フッと力が抜けて、車がものすごい音を立てて地面に落ちた。


 俺としたことが。


 不意を突かれるとは。


 というか瞼が重い。


 何だこれ。


 いや。


 これはあれか。


 久しく感じていなかった。


 眠気。


 という。


 やつ。


 か。

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