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モンスターペアレントとモンスター

「ああ!玲香ちゃ~ん!」


 扉を開くと、わたしめがけて飛び込んでくる父親の姿を認める。すかさず横へと飛びずさって、これを回避。


「あ」


 ランデブーポイントを失した父は、わたしの後に続いて入ってきていた伸也に激突した。激突と言っても、父の飛来に気づいていた伸也は両腕で彼を受け止めていた。彼は今や粗雑に片腕で父を抱えている。


「てめえ!クソガキ!!」


 これに我慢ならない父は子供のように駄々をこねて、伸也の抱っこを抜け出ようともがき始めた。 父の抗議を受けて、伸也は得心が言ったように。


「抱き方の問題じゃねえんだよ!!」


 お姫様抱っこへと抱き方を変えていた。 終始無表情の伸也は漫才を終えて、父を床へと降ろす。


「ったくよお!何だっててめえがいんだよ!!ああ!?」


 悪態をつく父に伸也は無言で一礼する。 自分から飛び込んでおいて謝罪もしない父を心底軽蔑しながらソファへと座った。


 二人も続いて席へと近づき、伸也はわたしの隣に。父は机を挟んだ向かいのソファに足を組んで腰かける。


 スラックスの裾がゆらゆらと揺れる。父はカッターシャツの襟の先端を手遊びに弄び始める。


「さてとお。玲香ちゃん」


「肉親の癖にちゃん付けは気持ち悪いからやめろとあれほど言いましたよね」


「ああ、そういえばそうだったね。ごめんね玲香ちゃん」


 わたしは実際にはそうせずとも、心の中で頭を抱えた。


「さてと、冗談はこのくらいにして。玲香、試験合格おめでとう」


「どうも」


 適当に相槌を打って、社交辞令をかわす。


「それで、来月から桂花女学院に入学するわけだけど、不安だよね?」


「何が」


「うんうん不安だよね!分かる分かる!」


 相変わらずわたしの話など一向に聞く気がなく、一人で話を進めている。


「初めての通学路。初めての高校生活。初めての環境。初めてのクラスメイト。心配しなくちゃならないことはたくさんある」


 このクソ親父は一体何が言いたいんだろうか?


「だからまず――」


 黙って話の成り行きを見守っていると。


「桂花女学院を買収した」


 モンスターペアレント。


 自分の子供が学校で不当な扱いを受けていると、学校関係者にクレームをつけるような厄介な親のことを言う。 クレームの内容は様々で、やれ自分の子だけ給食の量が少ないだとか、やれ他の子どもからいじめを受けているだとか。 実際には問題にするほどのことではないにも関わらず、文句をつけるのがモンスターペアレントの生態とされている。 そんな彼らはあの手この手で学校関係者をやり込めようとする。学校へアポなしで突撃して直談判に持ち込むのは常套手段。 SNSで炎上を狙って、都合のいい情報だけを発信してみたり。 その上で問題を法廷に持っていこうとする者までいる始末。


 このようにモンスターペアレントは学校関係者と保護者とのパワーバランスが不均衡である、という文脈で語られることが多いのだが。


「校長も理事長も教師も用務員も」


 目の前にいるこの男。


「ぜ~~んぶ、玲香ちゃんの言いなりだからね」


 こいつはモンスターペアレントの極致にあるような存在だった。


「何か気に障るようなことがあったら、私に言うんだよ?すぐに言って聞かせてやるから」


 父(だとは思いたくない)はさも親切でやってやった、という風にからからと笑っている。冗談だと思いたかったが、そうも思えないのが実情だ。


 わたしと父の姓は有栖川。戦前より経営を続けてきたお家で、一時は財閥解体の憂き目にあうも、その後の動乱期をたくましく生き抜き、今や時価数十兆円にもなる巨大企業の数々を束ねていた。


 いち地方の私立の女学校。その程度のものなら父のポケットマネーでポンと買えてしまう。 ましてやそれが溺愛する愛娘の通う学校であるというなら、なおさら買い付ける理由になる。


 この男はそういう人間だった。


「それから」


 父はまだ何か言うことがあるようで、片手でわたしの隣に座っている伸也を示した。


「非常に忌々しいが、そいつには玲香と一緒に学園に通ってもらうことにした」


 わたしは勢いよく伸也へと振り向く。


 冬眠前の熊を思わせる質量。ブラウンのワイシャツとLLサイズのチノパンを着込んでいるが、そんなものでは到底隠し切れない存在感。


 その巨体がこう言うのだ。


「よろしくな」


 と。


「……」


 わたしは沈黙を保った。


 二人が『ドッキリ大成功!!』と書かれたプレートを掲げるまで、待っていたのだ。


 だが二人は。


「制服の用意はしてある。後で部屋に届けさせよう」


「助かる。前のはサイズが合わなくて困ってたんだ」


「またサイズが合わなかった場合は伝えてくれ」


「分かった。それと――」


 わたしの胸中などどこ吹く風、という口ぶりで情報共有に精を出している。本気か?


「あー。あーあー」


 未だに会話を続けている二人の注意を引く。


「まだ話がよく掴めないのですが」


 わたしの言葉に顔を見合わせる父と伸也。 


「おいおい。我が娘ともあろう者が、一度聞いた話が理解できなかったのか?」


「いえ、お話は理解できました。ただ、納得が行かないのです」


「話した通りだ。鳴滝伸也は玲香のクラスメイトになる」


「それは変ですね?わたしの記憶に違いが無ければ、桂花女学院は女子高だったはずです。つまり男性である伸也は入学すらできないのですが」


「我が娘よ、その説明には一つ加えるべき注釈がある。つまり”桂花女学院は今や私の手中にある”ということだ」


 このジジイ……。


 私物化も甚だしい、学校を何だと思っている?これから入学する生徒、在学中の生徒には同情の念を禁じ得ない。このクソ親父を頂点とする運営体制の元、通学することになるとは。 好都合なのはわたしとわたしの関係者くらいなものだ。


 いや、わたしにとっても好都合ではないか……。


「伸也は……認めたくはないが、私の知る限り最高のボディガードだ」


 伸也を入学させる意図について父は説明を加える。父の発言を聞くや否や、伸也は。


「そうだ」


 と言って同調した。恥ずかしげもなく、自分でそう言い切ってしまう――そしてそれが疑いようのない事実なのだから、空恐ろしい。


 この場にいる誰もがこの発言を笑わないのが何よりの証左だった。


 だが疑問点もある。


 確かに伸也を護衛として傍に置くことはこれ以上ない程の安全策だ。だがそれをあくまで生徒として入学させるつもりというのはどういう了見だ?


「え?そりゃ面白いからだよ」


 わたしの質問に対して、父はこともなげに答えた。


 駄目だ。


 こいつは駄目だ。


「伸也!」


 隣の伸也に向き直って、説得を試みる。


「楽しみだな」


 宙を見つめて、輝かしい学園生活に思いを馳せていた。 話を聞いちゃいない。


 どいつもこいつも駄目だ。


 どいつもこいつも、だ。

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