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ひとりぼっちの登校 2

 どこに行ったのでしょうか。


 カバンの中を再度漁ってみます。机の中も探ってみました。


「お、お願いですすす!連れてこないと……わたしが、叱られちゃいます……!」


 しかし目的の物は見つかりません。


「うるさいなあ。おい、引っ張るな、制服が伸びるだろ」


 教室の後ろのロッカーも探してみましたが、どうにも見つからない。確かに学校に持ってきていたはずなのですが。


「い、いろいろ歓迎の準備を、し、してるんです!す、好きな食べ物とか……ありませんか……!」


 どこかで落としてしまったのでしょうか……。困りました……。


「好き嫌いはない。いいから離せ」


 どうしたものでしょうか……。


「そんなこと……!言わないでくださいよおおおおおおお!!!!」


 ……。


 おや。


 ごきげんよう皆様。山田花子でございます。


「いいから!く、来るだけで、いいですから!」


「もう授業始まるぞ。いい加減にしろ」


 本日は天候も良く、気持ちのいい朝となりました。春真っ盛りの学校は陽気に当てられて少しばかり華やいでいるように見えます。


「授業なんて、どどうでもいいんです……!そんなことより――」


 ホームルーム前の教室はクラスメイトで溢れ返っておりますが、粛とした雰囲気が支配しています。森閑さすら漂うこの場は淑女達の楚々とした忍び笑いが時々聞かれる程度――。


「それについては同感だが、俺は今、漫画を読んでるんだ。いいかげん邪魔しないでもらえるか」


「いいえ!!!じゃ、邪魔します!!!!」


 ――聞かれる程度。


「しつこい奴だなあ」


「来てくれたら、な、何でもお、お礼しますから!元より、そそのつもりりですし……!」


 ……。


 桂花女学院は家柄の良い淑女たちが集う、いわば大人たちを排した社交場と言えます。そして社交場には相応しい節度とマナーがあります。


 野太い声と甲高い声。今、この社交場を乱す不届きな輩が二名も。


 廊下側一番後ろの席についているわたくしから見て二つ前の席、そこに発信源である鳴滝さんと桂城さんがいました。上背一メートルはある鳴滝さんの身体はとても大きく正面で佇んでいるはずの桂城さんをすっぽりと覆い隠しています。


 非常に不愉快なこと甚だしく、度々発せられる耳障りな押し問答に、クラスメイトの方々も眉をひそめているようです。


 ご多分に漏れずわたくしもまた眉をひそめている内の一人なのですが、わたくしの場合はただその騒がしさのみに気を取られているのではありませんでした。


 わたくしと桂城さんと鳴滝さんは先日、一緒に誘拐されたいわば誘拐仲間でございます。三人の内、二人が集って、何事かを話し合って、騒いでいる。有り体に言えばハブられている残りの一人として、気を悪くするとまでは行かずとも、注意を引かれてしまうのでした。


 そもそも彼ら――彼女らがこの押し問答に至る経緯、話は数分前に遡ります。


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 二メートルの巨体が鴨居をくぐって教室に入る。一瞬だけ、ぎょっとした視線が彼を横切り、すぐにそれぞれの関心事へと移っていく。


 伸也は席に着くなり漫画を開く。パラパラとめくる等速の手は、時たま停止して、その度、伸也は首を傾げる。また動き出して、手は右から左への往復を始める。


 そんな繰り返しを三回ほど経たところだった。


 真剣に読み入って開いていたページに影が差した。


 伸也は顔を上げる。


 そこには恥ずかしそうに顔を伏せてもじもじとしている桂城の姿があった。


 伸也は漫画を読む作業に戻った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいいい」


 桂城がそう言って力強く机に手をつく。


 『何だ』と伸也。


「どうして、む、無視するんで、ですか……」


 桂城が伸也の物怖じしない態度に気圧されたように尋ねる。


「知らない人とは話すな、って玲香から言われてるからな」


「伸也さんは年端もいかない子供じゃないでしょう――――って、わ、わわたしはし知らない人じゃないですすよう!!!ほら……よく見てください」


 桂城は自身の顔をよく見えるようにずいと前に出した。


 伸也と目が合う。


 一秒、二秒――。


「やっぱ見ないでくださいいいい!!!!」


 赤くなった顔を伏せってしゃがみ込む。


 伸也がまたも漫画に目を落とした。


「無視しないでくださああああああああいいいいい!!!!!」


 勢いよく立ち上がって机の上に乗り出す桂城。


「お前も大概面倒くさい奴だな」


 一息ついて桂城は話を再開する。


「ほ、ほんとに覚えてないですかあ……つ、つい先日、一緒に誘拐された、仲なんですが……」


 伸也が身を乗り出して桂城に接近、至近距離で顔をまじまじと見つめる。


 桂城の顔は赤らんでいるやら青ざめているやら、もはやわからない有様で、目線は教室中を走り回っている。我慢し続けて3秒、伸也が『おお』と言う。


「スタンガンの女か」


「すごい、へ、変な覚え方されてますね……」


「だってお前、誘拐犯だけじゃなくてあの女まで巻き添えにしたんだからな……。……あの女、女……女――」


「そ、そうですよね。あの人……ええと」


 思案気の二人。


 伸也が口を開く。


「――それで何の用なんだ」


「ええと、それがですね――」


 教室の後ろから机を拳で叩く音がした。


 伸也と桂城は教室の後ろを確認するが、教室には沢山の人がいて、誰がやったのか分からない。二人は顔を見合わせて、肩をすくませると会話を再開する。


「それで何の用なんだ」


「実は、ですね。伸也さんに、た、助けていただいたことを父に……は話したら、おれお礼がしたい……とのことで」


 『伸也さん』、と一区切り置いて頭を下げる。


「わ、わたしの家に来て……くれませんか!」


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「お、お、おおおお願いしします!!!」


「駄目だ。知らない人にはついていくな、と言われてるもんでな」


「だ、だからあ!!し、知らない人じゃないってい、言ってるじゃないですか!!」


 というのがことの経緯でございます。


 桂城さんが自宅に招待しようと申し出ると、伸也さんがそれを突っぱねる。このやり取りをもう幾度繰り返したか。授業開始までもう五分とありません。大半の生徒は既に着席して教師の到着を待っています。


 わたくしはと言えば、未だに紛失物の捜索に手を焼いておりました。


 どこかで落としてしまったのであれば、他の誰かが拾っている可能性があります。


 この場合、マズイことになります、非常にマズイことになります。元より学校に持ってきてはいけないもの、更に言えば一般的に見てかなり逸脱したシロモノ。もし、先生にでも拾われた日にはもはや回収は不可能と考えた方がよろしいでしょう。


 教室を出て、心当たりのある場所を当たってみたいのは山々なのですが、もうすぐホームルームも始まります。はやる心に促されて何度も確認したはずのカバンや机の中を漁ってしまい、周囲の生徒に不審がられていることも重々承知しているのですが……。


「おはようございます」


「「「おはようございます」」」


 そうこうしている内に担任の先生が来てしまいました。


 ああ、もうこうなっては仕方ありません。腹をくくりましょう。


 あちこちさまよっていた両手を膝の上に重ねて置きます。背筋を正して、真っすぐ黒板を見据えました。


「――やめろ――」


「――やめ、やめません……!――」


 桂城さんと鳴滝さんは尚ももめ続けています。すぐにも教師の目に留まることでしょう。


 それにしても桂城さんはいったい何の目的があって、伸也さんを自宅に呼ぼうとしているのでしょうか。お礼という話なら、わざわざ家へ招き入れる必要などないように感じますが。


 ――――そういえば、桂城さんのお家は確か――。


「桂城さん、鳴滝さん」


 わたくしの思考は担任教師の方の一喝によって打ち切られました。


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「桂城さん、鳴滝さん」


 教師が机に乗り出している桂城さんの背後につかつかと歩み寄る。


 自然、伸也の顔が上向く。注意が移動したことを察知して桂城もまた振り返る。


「お二人とも、お静かに。桂城さんは早く席に着きなさい」


「すまん」


「す、すみません……」


 二人は泡を食ったように謝罪、これを聞き届けた教師は教卓へ戻ろうと踵を返しかけた――。


「――鳴滝さん、その手に持っているものは何かしら」


 教師の目が鳴滝の持っている漫画を捉えた。


「これか?これは――」


「――どうじ――漫画ですね。没収します」


「あ、それは――」


「返却は放課後です。以後このようなことがないように」


 教師は伸也から没収した漫画を職員室へと持っていくため教室を出ていった。


 全員着席して静寂を保っていた教室の緊張がにわかに和らぐ。数少なくない生徒がヒソヒソ話に興じ始める。


「ぼ、没収されちゃいましたね」


「漫画のことか?あれは元々、教師に渡すつもりだったんだ。だから取りに行く必要はない」


「どういうことです……?」


「拾ったんだ」


 机の跳ねる音がした。


 桂城と伸也は教室の後ろを振り返る。が、例によって誰が音を立てたのかは分からない。


 桂城が疑問を投げかける。


「カバーがついてたんで、表紙がみ、見えなかったんですが、何の……漫画だったんです?」


「少女漫画、だと思ってたんだが、どうやら違ったらしい」


 少女は小首をかしげる。


「そういえば……やけに、さ、サイズが大きかったですよね。あれは、B5かA5くらいは……ありましたよね」


 またもや机の跳ねる音がする。


 二人は音の出処を探したが、やはり見つからない。


 伸也が続ける。


「内容も少女漫画らしい絵柄とタッチだったんだよ」


「それでも……少女漫画じゃない、なんて……こと、あ、あるんですか?」


「ああ」


 伸也は腕を組む。


「女が出てこなかったんだ」


 机の倒れる音がした。


「それって、お、男の人しかで、出てこなかったってことですか?」


「そうだ」


 椅子の倒れる音がした。


「しかも極めつけは――」


「き、極めつけは……?」


「全裸の男同士が抱き合っていた」


 人の倒れる音がした。

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