始末
「どうやって副担任だって目星をつけたんだ?」
昇降口前の階段に座って、連行されていく男たちを見送りながら、伸也が尋ねる。
隣に座るわたしに向けてのものだ。
「伸也の変装を見破った時のお話は覚えてる?」
「確か――――」
一分待ったが、伸也の口からは何も出てこなかったので、勝手に続ける。
「声が半音上がっていて、歩幅が五センチほど短かった、よ。ただしそこで終わらせるだけでなく、わたしはなぜそのようなことになったのか。原因を考えてみたの」
そう、変装の齟齬には原因があったのだ。
「まず声が半音上がっていたという事実だけど、これは恐らく、伸也の裏声が原因だったんじゃないかと考えたの」
視界の端で伸也の顔がこちらを向くのが見えた。
「俺が原因?」
「ええ。あんた、人前に立って話すとき時、裏声で話す癖があるでしょ」
「そう――裏声じゃなくて地声だ」
取り繕うな。
「ニセシンヤの声が半音上がっていたのはつまり、あんたの裏声を参考にしてしまったから。じゃないかと考えたの」
「ああ、なるほど。……それで、その裏声を聞いたのは、確か――」
「教室での自己紹介を聞いた生徒と担任、それから副担任だけだった」
「そうだそうだ」
「けれどこれだけでは特定は未だ困難。だからもう一つの違和感。歩幅が五センチ短かったことを掘り下げることにした」
声のトーンが半音上がっていた件と同じように考えればいい。
「ニセシンヤの歩幅がなぜ通常より短かったのか。それは歩幅の短い人と一緒に歩いているところを彼が目撃していたためではないかと考えた。つまり伸也は肩を並べて歩いている人間の歩行速度を気遣って、その歩幅を狭めていたのよ」
「ほう」
「まず思いついたのはわたしと歩いている際はどうなのか、ということ。見ての通り、わたしと伸也とではこれだけ差があるわね」
言いながら、隣に立つ伸也との身長差を両手で示して見せる。
「当然、わたしに合わせて歩けば伸也の歩幅は普段より狭まるでしょうね。けれどわたしと伸也はそれほど並んで歩いたことがあるわけではないわ。まずわたしたちは昨日初めて登校してきたのよ。少し遅刻気味だったから、人気の失せた校門から体育館までの道のりは走って行った。だからまともに並んで歩いたところを目撃されたのはその後になるかしら。けれど、やっぱり特定は困難を極める。目撃するだけなら入学式に出席した生徒、教師であれば誰でも犯人候補になりえるから」
ただでさえ伸也は生徒たちの中で目立っていた。
このままでは<纏い手>を絞り込めない。
だが。
「実は伸也が歩幅を狭めて歩いたのはその後の教室移動の際にもあった。クラスメイトが列をなして自教室へと移動してた時の話よ。背の順で並んで歩いてたから、わたしと伸也は一番後方にくっついて歩いていたのよ。そして背の順であるということは当然、進行速度が前を歩く人たちに準ずることになるので、伸也の歩幅は狭まる」
しかし一番後ろに位置しているということは、すれ違う人間を除けば、伸也を観察するのが難しい、ということでもある。
そしてそれはつまり。
「実はあの時、わたしたちの後ろにも人はいた。それが――」
片手を差し出して、救急車に運び込まれている男を示す。
「副担任だった」
ニセシンヤは伸也に倒された後、真の姿を晒していた。
その正体は男、つまり異性であったはずの副担任に見事に成りすましていたのだ。
「そうか、そういうことだったのか」
分かったような口を利いているが、恐らく途中から何も理解できていないと思われる。
「つまり、俺とお前の声の高さは同じだったんだな」
ほらな。
「とにかく、今日はご苦労だったわね」
「これぐらい大したことはない」
大したことない、と言い切れるぐらいに確かに伸也は強い、頭の方はさておいて。
「でもね――」
わたしがお小言を始めようとしたところ、背後から声がかかった。
「すみません、ちょっとよろしいですか」
「何だ」
振りかえって見上げるとそこには現場検分を終えたと思しき警官がいた。中肉中背のその警官は伸也の肩に手を置いていたらしく、立ち上がった伸也が不躾な態度で応じる。
「お騒がせしています。もうすぐ引き上げますので、生徒の方々にもその旨よろしくお伝え出来ますでしょうか」
警官はあくまでニコニコと話し続ける。女装について不審に思いつつも伸也のことを教員だと考えたのだろう、丁寧な対応で職務を遂行していた。
そして伸也は警官の要請に対して、こう答えた。
「分かった。教員に伝えておこう」
時間が止まる。
とりわけ警官のそれが。
群集のざわめき、パトカーのパイロン、世界の動きを証明する全てを置き去りにして、警官の時だけが遅々として進まない。
何万時間にも思えた。
凍り付いてもはや動かないのではと思わされるほどの間を置いて、警官の時間が氷解した。
「――――いやはや、大変なことになりましたね。先生方も大変でしょう?」
勘違いか聞き違いだと思ったのか、警官は尚も教員と話すような口調で続ける。
だが、鳴滝伸也は期待を裏切らない。
「ああ、さっきからあっちこっち駆けずり回ってるな」
警官の眉がひくついた。
長い長い沈黙の末、恐る恐る、と言った体で口を開く。
「失礼ですが、ご職業は?」
「この学校の生徒だ。見れば分かるだろう」
わたしは顔を覆った。
次に空を仰いだ。
力なく笑った。
「署まで来てもらおうか」
警官が簡潔にそう述べると、昇降口からさらに二人ほど警官が出てきて、伸也を取り囲む。
「?急にどうしたんだ」
未だ事態が呑み込めない伸也。状況を把握させるように警官たちは各々、職務に取り掛かった。
「両手を前に出して」
「こうか?」
伸也が言われた通りに、両腕を前へ浮かせる。
警官の一人がサイズの大きな手錠をかけた。
「ん?これって……」
ようやく状況の深刻さが分かってきた伸也は抗議の声を上げる。
「待ってくれ。俺、逮捕されてるのか?」
「ほら、早く歩け」
「俺は違う。犯人じゃない、信じてくれ」
女学校の制服に身を包んだ筋骨隆々の男がそう宣う。
「俺はあいつらを捕まえたんだ。どうして俺が同じ目に遭わなくちゃならん」
警官は一顧だにせず、伸也を導いている。
両肘を掴まれて、連行される伸也。振り返って、わたしに助けを求めた。
「――――なあ、おい玲香。見てないで助けてくれよ」
「……」
有栖川家の雇用する護衛が警察に連行されている。有栖川家の長女としてはこの展開を黙って見ているわけにもいかない……。
というわけではなかった。
「伸也」
「ああ、早く弁解してくれ」
懇願の表情で、わたしの参戦を待ち望んでいる。
そんな伸也の馬鹿面に無情な二文字を叩きつけた。
「無理」
「な、なんで……」
『なぜ味方をしてくれないのか』と今にも口にしそうだったので、先回りするように逃げ道を塞ぐ。
「あんた教室、壊し過ぎ」
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伸也はそのまま連行されていった。
パトカーへの花道はスマホのカメラを構えた女生徒たちでいっぱいだった。今頃、各種SNSや動画サイトに拡散されて、その醜態を余すところなく晒していることだろう。
とはいえ伸也が実刑に処されることはないはずだ。彼は学校に侵入していた不審者を無力化しただけで、誰一人として生徒に怪我はさせていない(これは驚くべき事実だ)し、何ら犯罪行為に加担もしていなかった。学校の設備や備品が破壊されたことについてはそもそも桂花女学院の設備自体が有栖川財閥所有のものであるため有栖川家が補填すればいい。生徒の所持品についても弁償費用とそれを大きく上回る迷惑料を握らせておけば問題ないだろう。それでも司法が伸也を断罪するというのであれば、有栖川家の強権を用いて黙らせなくてはいけなくなるが……それはここでは語らずにおこう。
いずれにせよ明日には解放されて、何食わぬ顔で登校することになるだろう。桂花女学院にはわたし以外にもたくさんの要人の息女が在籍している。彼女らと伸也がどんな化学反応を起こすのか、心配でもあり、楽しみにしている側面もあった。
恐らく、今回の件。ただのきっかけに過ぎない。この件を引き金に、連鎖して何かが起こるのか、あるいは起こらないのか。
ただ、どうなるにせよ。
わたしは伸也がパトカーに乗せられる前に放った台詞を思い返す。
『どこからどう見ても俺はお嬢様だろ!』。
こいつが台風の目になることは間違いない。




