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学級崩壊 5

 スーツBはセリフの中途で攻撃態勢へと移ります。鳴滝さんはここでようやく彼に向き直って正対すると、スーツAの時のように拍手の構えを見せました。


 そして、先程と同じように拍手でスーツBの斬撃を受け止め、刀は――。


「お?」


 こわ……れない?


 首をかしげる鳴滝さんが刀をしげしげと見つめていると、スーツBが握られた得物をそのままに膝蹴りへと移行。鳴滝さんは後方に飛び退って回避しました。


「わたしの持つこれは弟のものとは違って特注品なのです。そう簡単には壊れませんよ。……おかげで仕事仲間が一人減ることにはなりましたが……」


 床に倒れ伏している偽物を見下ろして、ぼやくスーツB。繰り返し、刀を両手で握り直しながら得意げに語ります。


「さあ、どんどん行きますよ!!!!」


 スーツBと鳴滝さんの応酬が始まりました。


 刀には拳で。


 拳には刀で。


 両者のつばぜり合いは激化の一途を辿り、響き渡る金属音が耳をつんざくかと思われるほどに、甲高く鳴っていきます。


 二人のやり取りが二分ほど続いて、キリがないと考えた鳴滝さんがバックステップで距離を取りました。


「……なるほど、確かに一筋縄では行かないようだ」


 顎に手を当てて、一人頷く仕草を見せる鳴滝さん。


「分かっていただけたようで何よりです。是非とも投降の件に関してもご一考いただけると幸いなのですが」


 刀を構えたスーツBが今にも飛び掛からんと前傾姿勢を取ります。


「分かった」


「――そうですか。それは何より」


 まさか本当に投降するとまでは思っていなかった、スーツBが虚を突かれたように目を見張りました。しかし、わたくしには分かっております。鳴滝さんが目的語を明らかにしていないことを。


「では、おとなしく――」


 徒歩で近づくスーツB。彼が顔を上げて鳴滝さんを視認した刹那。否、視認などできませんでした。なぜなら彼はカット編集でもされたかの如く、その場から姿を消してしまっていたからです。どこに行ったのか、とスーツBと仲良く視線を周囲に巡らせて、はたと気づきます。


 至近距離のスーツBは気づいていないようでしたが、距離を取っていたわたくしにはすぐに分かりました。 スーツBの頭上。そう、鳴滝さんは天井にいました。平らなそこに両足のつま先を乗せて、まるで足場にでもしているかのようでした。もちろんこれは一瞬の間の出来事で、彼は今にも勢いをつけて落下せんとしています。


「全身で発揮できる力をただ一点のみに集約する」


 鳴滝さんのつぶやきに、スーツBが天井へと目を向けました。


「名付けて」


 照準でも合わせるかのように右手の人差し指を立てて、真下にいるスーツBを指さすと、こう言い放ちます。


「PowerPointだ」


 そのネーミングセンスはどうかと存じます。


 彼が技名を言い終えたところで、屈曲していた両脚が伸びきって、地面へと急降下を開始。回避行動が間に合わないと感じたのかスーツBはつい先刻壊れないことを鼻高々に語っていた刀を真一文字に掲げて、防御態勢に移ります。


 やがて、指先と刀が邂逅を果たしました。


「――――」


 一瞬ではありましたがスーツBの浮かべた驚愕の表情は見て取れました。スーツBの驚きも当然で、刀と人の指では硬度がまるで違います。切っ先に指を当てれば血が出て、もっと力を入れれば指先に切り込みが入ることになるはずです。


 ――――少なくとも刃が欠けて指先がめりこむ、というようなことはありえないのです。


 鳴滝さんの指先は更に深く沈み込み、ついに刀が真っ二つに折れるところまで参りました。この時、スーツBの足元には亀裂が入っており、崩落寸前でした。そして、最終防衛ラインを突破した指先がスーツBの胸部にある正中線を捉えた時――。


 度重なる剛力に耐えかねた床が崩落を始めたのです。 一階から響き渡る轟音が校舎全体に轟きました。


 それはまるで、試合終了のゴングを表しているかのようで。


 わたしはつぶっていた目を開きます。幸いというべきか、わたくしの身には傷一つなく、五体満足の状態です。


 広がったわたくしの視界。改めて眺めるその景色にはもはや教室としての要件をなしていない、ただの廃墟が広がっていました。


 肝心の鳴滝さんとスーツBはどこにも見当たらず、彼らがいたであろう場所には大きな穴が穿たれています。 駆けよって底を覗いてみると、そこからは一階の教室が覗かれました。肝心なのはその床。ひしゃげた机や椅子などと一緒に直径五メートルにもなるクレーターが出来上がっています。


 当然、中心には鳴滝さんと。


 胸部から血を流し横たわるスーツBの姿があるばかりでした。


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 ほどなくして通報があったのでしょうか、警察の方が来て、教師?だった人と二人の侵入者はどこかに連れて行かれました(できればもう一人の不審者も連れていただけるとありがたかったのですが)。


 結局、何故休んでいたはずの鳴滝さんが突然教室に現れ、副担任とひと悶着起こしたのか、それに、副担任の姿が消失して偽物の鳴滝さんが現れたのか、そして最後は件の誘拐犯たちまで乱入したきたのか、全て分からずじまいでございます。


 ……。


 しかしまあ、派手にやってくれたものです。教室の荒れ様を眺めて、胸中で毒づきます。


 整然と並んでいた机の数々は上も下もないくらいにそこらを転げまわり、その上に載っていたはずの教科書、筆箱等の類も、床一面にぶちまけられて整理が非常に困難なことは一目瞭然です。


 それだけなら元に戻すのが面倒というだけですが、取り返しのつかないことに、割れた窓ガラス、崩れたコンクリート壁、陥没しつつある床、穴の開いた天井、放射状のひびが刻まれた黒板、これらの後始末はどうするつもりなのでしょうか。


 クラスメイトたちも教室に戻ってきたのか、それぞれ教室の惨状を目の当たりにしてはポカンとしています。ですがこうしてただ突っ立っているだけでは何も解決しません。他の生徒たちも同様に考えたのか、降りかかった不幸を嘆くことに満足した者から片づけに取り掛かっていきます。


 そうです。


 少なくとも今回に限ってはわたくしに危害が及ぶことはありませんでした。あれだけ近くで事の成り行きを見守っていたにも関わらず、です。


 今はそうした小さな幸福を心に留めて、作業に取り掛かることに致しましょう。


 そう思い立って、わたくしの席があったはずの辺りへ向かうと、一人のクラスメイトが床に落ちていたノートを拾い上げています。


「何かしら……これ……漫画?」

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