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学級崩壊 4

 わたしが視線を移動させるまでもなく、その二人組は教室の中心に躍り出てきたようです。


「借りを返しに来たぜぇ~」


「申し訳ありませんが、あなたを無傷で帰すわけにはいかないのですよ」


 瓜二つの容姿をした刀を持った二人組。彼らには見覚えがありました。わたくしたちを誘拐した犯人です。最後に見掛けた時には鳴滝さんにコテンパンにされて、床に伸びていたと記憶していますが、凝りていないのでしょうか。


 と、そう考えている間に三人が鳴滝さんを取り囲みます。


 片や変幻自在の化け物と刀を備えたスーツの二人組。


 片や徒手空拳の女装男。


 勝敗は火を見るより明らかでしょう。


「死ねえええええ!!!」


 まず言葉遣いの荒い方のスーツが動きを見せました(これよりスーツAと呼称します。また、もう一人の丁寧な方をスーツBとすることとします)。


 大きく跳躍し、刀を大上段で構えながら、鳴滝さんに飛び掛かります。


「ハッ!」


 鳴滝さんはこれを紙一重でかわしました。


 すると衝撃波か何かでしょうか。スーツAの斬撃は鳴滝さんの横を素通りし、遥か背後にあった黒板を真っ二つにしてしまいました。


「早くこれでてめえを真っ二つにしてやりてえよ!」


 言い放つスーツAは尚も斬撃を重ねます。鳴滝さんは無言で回避を続けて、隣の教室の黒板は今や原形をとどめていません。


「どうした女装野郎!その程度か!?」


 一切、反撃をする様子が見えませんでしたが、ここに来て鳴滝さんが回避行動をやめて、その場で立ち尽くしました。


「ようやく観念したか。じゃあ――死ね」


 スーツAが袈裟斬りを仕掛けた時――。


「っ!?」


 鳴滝さんは両手を胸の前に掲げて、拍手の姿勢を取っているように見えました。実際、彼は両手を打ち合わせて、拍手しました。もちろん、ただ拍手をしたわけではありません。タイミングが重要でした。ちょうど刀が両手の間をすり抜けようという、その瞬間。その瞬間に彼は拍手をしたのです。


 真剣白刃取りでしょうか?


 いいえ。


 彼の拍手は斬撃を留めるに飽き足らず、刀を木っ端みじんにしてしまったのです。


 突然のことに呆然とするスーツA。すかさず鳴滝さんは構えを取って追撃します。


 彼の狙いは正中線上の胸部でした。焦点を定めたその場所へ、中高一本拳と呼ばれる拳の握りで一突き。バキリ、という音が隣の教室にいるわたくしにまで聞こえてまいりました。思わず耳を塞ぎたくなるほどの痛々しさです。


「ご――がぶっ――」


 スーツAの口元からだらりと新鮮な血が流れ出てきます。


 これまでのように攻撃した対象を背後に吹っ飛ばしたりはしていないため、派手さ加減は控えめと言えましょうが、その分身体内部へのダメージは相当なものがあるはずでした。恐らく今の一撃で胸骨は粉砕骨折にまで至っています。肺や臓物の数々に破片が刺さって、それによって吐血という結果をもたらしたに相違ありません。いずれにせよ常人がこんな仕打ちを受ければ悪くて即死、良くて卒倒で済むところでしょう。


 が、スーツAもまた常人ではないようで、上向きそうだった目を必死に正位置に戻し、何とか踏みとどまります。即死どころか、卒倒という結末すら根性で否定して見せたのです。中々のガッツと言えるでしょう。


 そんな彼をあざ笑うかのように鳴滝さんは再び二者択一を迫る追撃を加えます。スーツAの額に中指の爪を沿わせて、力を入れたまま、親指で弾いたのです。


 意識が崖っぷちにあるスーツAがこれを避けられるはずもなく、頭から後方に回転しながら、開け放たれていた扉を通り抜け、窓ガラスを破ると、屋外へと吹き飛ばされていきました。うめき声すら聞こえません。恐らく完全に意識を失っているか、命を落としているか、そのどちらかでしょう。


 いわゆるデコピンと呼ばれる手段でスーツAは無力化されました。


「一人目」


 鳴滝さんが勝ち星をカウントします。


「背中ががら空きですよ」


 スーツAにとどめを刺したばかりの鳴滝さんの背後に迫る影あり。どうやらスーツBは敵にかかずらっていた鳴滝さんの不意をつくつもりだったらしく、その手には刀の代わりに銃らしき何かが握られていました。ここからではよく見えませんが、銃弾を打ち出して相手を殺傷するタイプの銃ではないことは確かです。


 一体何をするつもりなのか……。


 スーツBは手元のそれをこれ見よがしに掲げて、力を込めたように見えました。


「眠りなさい」


 直後、スーツBの手元から赤い羽のようなものが鳴滝さんめがけて射出され。


「――――」


 鳴滝さんの背中に刺さりました。


 わたくしは思わず両手で口を押さえます。


 スーツBの『眠りなさい』という言葉を元にして考えるなら、彼の手に握られていたものは麻酔銃です。そして、そこから射出されるものと言えば当然。


「ふう。ようやくおとなしくなりますね。これでじっくりいたぶることが出来ます」


 掲げていた銃を下ろし、スーツBは鳴滝さんへと近づいていきます。戦闘態勢を取っていた偽物も構えを解いて、歩き始めたようです。


「始末したら即座にずらかりますよ」


「分かっている」


 完全に安心しきっている二人は暢気に会話など始めてしまいましたが、やがて異変に気付いたようです。


 麻酔弾を受けてしまった鳴滝さんは膝から崩れ落ちて、床に倒れ伏すが必定……と言うべきですが、そこはそれ、あの鳴滝さんです。


「――なぜ倒れていないのですか……?」


 いつも通り、期待を裏切っていただけたようでした。スーツBは再び麻酔銃を構えて、弾を込めると鳴滝さんへと打ち出します。


 二発目の麻酔弾は狙い通りに鳴滝さんの背中へと刺さりました。ですが、やはり鳴滝さんの直立した身体には揺らぎが見られません。


 更に三発目をつがえて、射出するスーツB。四発目、五発目、と来て、さすがに手ごたえがないことに困惑を覚えて、鳴滝さんへと尋ねます。


「なぜ眠りに落ちないのですか!!?クマやゾウすら一瞬で眠らせる代物ですよ!!!!」


 スーツBのこのセリフに呼応するように鳴滝さんが彼の方へと振り向きました。


「それはもう”知って”いる」


 一切の澱みなくスラスラと述べ立てる鳴滝さんの言葉は、麻酔が一切利いていないことをこれ以上ない程に物語っています。


「知っている?どういう意味でしょうか」


 麻酔銃を構えたままのスーツBは顔をしかめて、問い直しました。


「俺の身体が、だ」


 鳴滝さんが自身の胸板を親指で指して示します。スーツBは目を見張りました。


「――――まさか……!!あの時っ……ただの一度、麻酔を受けただけで、順応したとでも言うのですか……!?」


 鳴滝さんは否定も肯定もせず、ただ悠然とスーツBを睥睨しているだけです。いつ、鳴滝さんが麻酔銃を受けたのかわたくしには定かではございませんが、二人のやり取りから推定するに、鳴滝さんは既に麻酔で気を失ったことがあるようでした。そして、今回受けた麻酔を適応した身体で乗り切った、ということでしょう。


「化け物ですね……」


 はい。


 正しく、化け物でございます。


「関係ない」


 静観を保っていた偽物が口を開きました。


「化け物だろうが何だろうが、殺してしまえば皆同じ」


 偽物の口上に鼓舞されるかのようにスーツBも士気を取り戻したと見え、二人は構えを取ります。


「同感だ。さすがに俺の偽物をしているだけあるな」


 一方の鳴滝さんは悠長なことを言って、敵二人に背を向けたまま警戒している素振りすら見せません。そんな余裕の態度に苛立ちを隠せなくなった二人は同時に鳴滝さんへと仕掛けます。


 偽物は握った拳を背後まで引き絞って、スーツBは麻酔銃を捨て去り刀を抜いて。どちらも地を蹴った、と思うと既に鳴滝さんのすぐそばまで移動しており、古武術の縮地を思わせる瞬間移動に等しき速度でした。


 スーツAの刀は一度地面へと接近、ややもするとそこを離れ、突きあげるように鳴滝さんへと迫ります。


 背を向けたままの鳴滝さんはこの斬撃を。


「っ!!!ふざけるのも大概にしてください!!!!!」


 振り返りざま、人差し指の爪で受け止めていました。


「そのまま動くなよ」


 スーツAの斬撃を受け止めたばかりの鳴滝さんに近づく影在り、お察しの通り偽物でございます。彼は本物に等しい速度で迫り、本物に等しい威容で殴りかかっています。しかし、そこはそれ、どれだけ似ていようとも本物には敵わないものでございます。


 続く偽物の拳を鳴滝さんは返す刀で冷静に対処。


 すなわち、受け止めていたスーツBの斬撃をただの指一本でコントロールし、横合いに迫っていた偽物へと、その軌道を逸らしたのです。


「しまっ――」


 スーツBは突然のことに反応が遅れ、なされるがまま。


「ぐあああああああああああ!!」


 彼の刀は偽物の腹部へ深々と突き刺さりました。おびただしい量の血液を流しながら膝をつく偽物。これまでしぶとく生き残ってきた偽物でしたが、とうとう床に倒れ伏して五体投地と相成りました。


「二人目」


 呆気に取られている暇はございません。


「っ」


 スーツBはすぐに偽物から刀を引き抜き、回避行動に移っていました。


「惜しい、あと少しだったのに」


 意図せぬ同士討ちに愕然とするはずだと踏んでいたのか、鳴滝さんが口惜しそうに肩をすくめています。


「残念ながら、ソイツとはそれほど仲が良くないのですよ」


「じゃあ、何で組んでるんだ」


「ただの仕事仲間――ですよっ!!!」

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