学級崩壊 2
攻防を近くで観察していた以上、多少の巻き添えを食うことは織り込み済みでございます。副担任が立ち上がって鳴滝さんに攻撃の意思を見せた時、すでにわたくしは回避行動に移っていました。案の定、鳴滝さんが踏ん張りながら吹っ飛ばされてきて、わたくしのいた席はその餌食となりました。ここ数日の出来事でわたくしの危機回避能力にも磨きがかかっているということでしょうか。
それよりも副担任が鳴滝さんを吹き飛ばせるほどの腕力の持ち主であることがわたくしにとっては驚きでした。 そもそも彼女はつい先程、ガード越しであるとはいえ、鳴滝さんの放つ一撃をまともに食らっています。 わたくしが知らないだけで昨今の教師はこれくらいできないとやっていられないのでしょうか?
話を戻しましょう。
副担任はすぐさま距離を詰め、いつのまにやら持っていたスタンガンで鳴滝さんの脇腹めがけて刺突しました。彼女は数秒間、スタンガンのスイッチを押下することに腐心していたようですが、やがて様子がおかしいことに気づいて手を止めます。
何か思惑があってのことでしょうが、鳴滝さん相手に浅はかという外ありません。副担任は完全に動きを止めて、一種のパニック状態に陥っているようです。
当然そのような隙を彼が見過ごすはずもなく。 鳴滝さんは左手の握りこぶしから人差し指だけを出して、それを彼女の頭頂部に置きました。
「誰の差し金だ?」
彼はそれだけ言って、副担任の返答を待ちました。しかし待てど暮らせど彼女からの応答はありません。
「10」
鳴滝さんが数字をつぶやくと、それまで直立していた副担任がバランスを崩したように見えました。
「9」
今度は中腰になって彼女の姿勢が明確に崩れたことが見て取れます。
「8、7」
鳴滝さんがカウントを進めるごとに副担任は体勢を崩していきます。まるで彼女の周囲だけ重力が増して、両足で立つことすら敵わなくなったようでした。
「6、5」
今や彼女は両ひざをついて、既に両手で全身を支えようかという段階に来ています。彼女の姿勢が低くなるのに合わせて鳴滝さんも上体を折り曲げました。
これはつまり。
……つまり、鳴滝さんは人差し指の力だけでもって、副担任の全身を地べたに這いつくばらせようとしているのでしょうか。如何な鳴滝さんと言えど、まさかそこまでやってのけるとは思いませんでした。さすが、の一言です。
「4、3」
カウントも折り返し地点を過ぎ、終着点へと到達しようとしています。副担任の身体はもはや四肢を床について、起き上がることすらままならない状態。
そしてもっと悪いことにその体勢は、いわゆる”土下座”と呼ばれるものに相違ありませんでした。彼女もその圧倒的な力に抗する努力をしていることは見てとれるのですが、なすすべなくこの体勢へと追い込まれたのでしょう。
指一本動かすことすら許されず、このままでは床に接吻をしようというところまで来ておりました。 一方、鳴滝さんは表情に何の感情も浮かべることなく、ただ一心不乱に副担任を床に押し込んでいます。その様は地べたを這いつくばる小さな生き物を、戯れに弄んでいる子供のような情景を思い起こさせました。
「2、1」
「お!おしえますう!!!だからおねが――――おねがいじま゛ずう!!」
ようやく、でしょうか。カウントを終えようとしていた鳴滝さんに副担任がギブアップの嘆願を申し出ました。
人差し指に込めていた力をゆるめる鳴滝さん。これがよくありませんでした。副担任はするりと鳴滝さんの拘束?を抜け出し、距離を取ってしまったのです。
あまりに素早い動きだったため、目で追うことが出来ず、一瞬ではありましたがわたくしの視界から出てしまいました。
その隙に……なのでしょうか……。
身の丈ニメートルはあろうかという体躯。そこまではまだ良いのですがその手、足、胴体。そこから常軌を逸した量の筋肉が隆起しています。はちきれんばかりに発達した大胸筋は羽織っているブラウスを押し上げ、そのボタンが今にも弾け飛びそうに見えます。胸囲を測ればさぞよい数値が出ることでしょう。
そうです、ご存じ鳴滝伸也がもう一人、出現したのです。
これは……。
夢のミラーマッチでしょうか?
鳴滝さんの偽物?は呆気に取られている鳴滝さんの頭上へとジャンプ。この巨体は飛翔する術を持たず、ほどなくして自由落下を始めました。墜落先は鳴滝さん。偽物は後ろ脚のかかとをつき合わせて、本物の顔面めがけてインパクトを放ちます。
鳴滝さんは避けるだけの余裕がなかったのか、はたまたその気がなかったのか。偽物の頭上からの一撃は彼の脳天を直撃しました。 目算で百キロはゆうに超えるであろう巨躯です。地球の持つ引力との合わせ技、それらがもたらす結果は想像に難くありません。
さらにダメ押しと言わんばかりに、偽物は鳴滝さんの額に密着した両脚のうちの片方を持ち上げて、踏みつけました。さらにもう片脚を持ち上げ、踏みつけ。
もう一度。
さらにもう一度。
これを目にも留まらぬ速度で、何度も、何度も行いました。 気の遠くなるような連打が終わると、締めの一撃でしょうか、偽物は両手を握り合わせて、即席の鉄槌をつくり、そして。
自身の股の間を通して、打ち下ろしました。鉄をも貫く渾身の一撃は、下でかがんでいる鳴滝さんを通して床へと伝わり、その凄絶さを物語っています。彼の足元のリノリウムの床材は摩耗して、その下にあるコンクリート部分が露出しています。そのコンクリートですら足形状の陥没を起こしており、階下への影響が懸念される程です。
当の鳴滝さんはと言えば偽物の連撃に対して抵抗の気配を見せずなされるがまま、現在もそのご尊顔にローファーを履いた片足を乗せられて、靴を舐めるという屈辱に甘んじています。
そんな彼がついに保っていたままの中腰の姿勢を崩し膝を曲げました。ここまでかと、そう思わせる動作です。しかし鳴滝さんは床につくかと思われた両ひざの落下をピタリと止めました。




